5.模索



「そなたが浅海か?」
「は、はい。」
「遠路はるばるご苦労だった。疲れたであろう?」


今、私の目の前にいる人物。
沙織さんの次に、この聖域で重要な地位にいる人。
教皇のシオン様――、豊かで豪奢な髪と典雅で若々しい見た目からは想像も出来ないくらい、実は大層なお年だと聞いた。


「アテナから話は聞いている。浅香の事は私も気になってはおった。だが、平和な日々が戻り、復興にも力を尽くして立ち直ろうとしている今、余計な事で皆の士気を低下させたくはないと、そう思う気持ちの方が強くてな。」
「……余計な事、ですか?」
「そなたには申し訳ないが、そうなる。浅香は一介の女官に過ぎない。女官一人の死によって、折角、統制の取れつつある黄金聖闘士達の輪を乱したくないというのが、私の本音だ。」


そう、そうよね。
広い聖域、ココに勤めている人は、ココに暮らしている人は、小さな一つの街の人口くらいはいるだろう。
たった一人の女官のために、復興途中の大事な時期を揺るがしたくはないと思うのは、上に立つ人にとっては当然だ。


「協力しないと言っておる訳ではないぞ? 表立って全面的に協力出来ないだけで、必要な便宜は出来るだけ図ってやりたいと思っておる。これはアテナの意向でもあるからな。」
「ありがとう、ございます。」


言葉だけは礼儀を尽くしながら、私は全く有難いという顔をしていなかったのだと思う。
私をジッと見ていたシオン様は、ヤレヤレという風に大きく息を吐いて、フワリと法衣の袖を翻した。
広い部屋に、バサッと布がはためく音が響く。


「そのような顔をするでない。私とて、真相を知りたいと思う気持ちは同じぞ? ただ、時期が悪かったのだ。今は片付けなければならぬ仕事が山積(サンセキ)しておる。そなたのために割いてやれる時間があまりないのだ。」
「いえ、そのような。私はココでこうして姉さんの足跡を辿れるだけで、それだけでも十分ですから。」


立ち上がったシオン様は、ジッと私の事を見下ろしている。
何を考えていらっしゃるのだろう?
私にはまるで検討もつかなかったが、この人の眼光に見据えられると、心の奥が何処か竦んでしまう、そんな感覚がした。
流石に、聖域を統べる教皇様だ。
その瞳は、私などの考えも及ばないところまで見透かしていそうな気さえする。


「誰か、そなたの身を守る者をつけてやらねばならんな。カノンは海界へ戻ると言っておるし、さて、どうするか。」
「あの、どうかお気遣いなく……。」
「そのような訳にはいかぬ。アテナから、そなたの身を守り、安全を保障せよと、仰せつかっておるのだ。」


だが結局、誰を私の護衛につけるのかは決まらなかったようで。
とりあえずはと、私が滞在する教皇宮の中の案内をカノンに押し付けて、多忙な教皇様は執務に戻っていった。





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