約束の場所に辿り着いた頃には、もう空は白み始めていた。
初夏の夜明けは早い。
まだ深夜と言っても良いくらいの時間の筈なのに、視覚的にはもう早朝だった。
アイオロスさんが早朝のトレーニングにでも出てきて、途中で出くわしてしまったらどうしようとか、少々神経過敏になって、思わずそんな事まで考えてしまう。


「浅海さん……。」


その場所で私を待っていたのは沙織さんだった。
背後に待機しているセスナが、焦れたように飛び立つ時を待ち侘びている。
一ヶ月前に、カノンと共に降り立った古い集会場。
今度は沙織さんと共に、ココから帰るのだ、遠い日本の地へ向かって。


「本当に良いのですか?」
「はい。もう決めましたから。」
「そう……、ですか。」


私の返事を聞いて、何処か寂しそうに切なそうに表情を曇らせる沙織さん。
彼女は強い言葉では言わないまでも、遠回しにアイオリアの傍にいる事を、聖域に残る事を勧めてくれていた。
きっと、そうなる事を願い、期待もしていたのだろう。


まだ少女とも言って良い沙織さんにしてみれば、私の出した結論は納得しかねるものでしかないと思う。
恋愛は、そう上手くいくものじゃないのよと、彼女に言ってしまうのは簡単だけど、恋に夢を見る年頃の彼女に、それは少し酷だろうから。
私は言葉の代わりに、苦い笑みを小さく浮かべるだけに留めた。


「そのバッグだけですの? 他に荷物はないのですか?」
「荷物を纏めていたら、流石に鈍いアイオリアでも感付いちゃいますからね。そのまま置いてきました。後で送って貰うように、仲良くなった女官さんに頼んできたので、大丈夫です。」
「そうですわね。気付かれてしまいますものね。」


いっそ気付かれて、出立を止められてしまえば良かったのにとでも言いたげに聞こえる、沙織さんの言葉。
私は鈍い振りをして、言葉の中に含まれたニュアンスに気付かない振りを装った。


「もう、行きませんか?」
「え? えぇ……。そうですね、そうしましょう。」


沙織さんの後に続いてセスナに乗り込む。
機内に入ってしまえば、気まずい雰囲気が辺りを包み、それ以上の会話は続かなかった。


バリバリと耳に煩いプロペラの音。
フワリと大地から浮き上がる、何処か嫌な感覚。
あぁ、これで聖域ともお別れ、二度とこの地をこの足で踏む事はないんだわ……。
深い感慨に耽って目を瞑る。
そうしないと、また意思に反して涙が溢れそうだったから。


と、その時――。


「浅海ーー!!!」
「っ?!」


あの声は……。
煩わしいプロペラ音に掻き消されそうになりながらも、私の耳に確かに飛び込んでくる、この声は……。


「アイオリア……。」
「浅海ーー!! 行くなっ!!!」


どうして、どうして来てしまったの?
ココで、この場所で、この時に顔を見てしまえば、別れが辛くなるだけだって分かっているのに。


「戻って来い、浅海!! 俺の元に、俺の傍にずっと居てくれ!!」
「駄目よ、駄目……。駄目なの……。」
「浅海っ!!!」


地上から浮き上がってしまったセスナ。
今ならまだ戻れると、声高く伝えてくれる沙織さん。
だが、私は大きく首を左右に振った。
瞳から溢れて止まらない涙の粒が、狭い機内に飛び散る。


「浅海、愛してるっ!! 俺にはお前が必要なんだっ!! だから――!!」
「ごめんなさい、アイオリアっ!! ごめんなさい――!!」


私は貴方より父と母を選んだ。
そんな女を愛してるだなんて言わないで。
私との恋愛を胸に、もっと素敵な出逢いを探して欲しいの。


高く上空に浮かび上がったセスナは、空港へと向かって進み始めた。
真下に見下ろす大地と、そこに立つアイオリアの姿は、もう遥か下だ。
そして、私はアイオリアの最後の言葉、「愛してる。」の一言に胸を深く抉られて。
沙織さんの柔らかな胸に縋り付いて泣いた。
ずっとずっと涙尽きるまで泣き続けていた。





- 4/6 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -