夜明けの少し前。
太陽が顔を出す直前、夜の闇がその名残を残すように一番深く暗くなる時間。
私はベッドの上に起き上がり、熟睡するアイオリアの寝顔を眺めていた。
スースーと心地良さ気な寝息を立てて、頬に掛かる金茶の髪を指でそっと払っても、まるで気付かずに眠っている。


いつもとは、まるで逆ね。
これが昨日までと変わらない夜ならば、深い愛の交わりに疲れ果て、眠りの世界に引き摺り込まれた私を、目を細めて見つめているのはアイオリアの方なのに。
今夜は、いつもと違う。
逞しい大人の立派な身体をしていながら、寝顔はどこかあどけないアイオリアの頬を愛しげに優しく撫でて、私は小さくクスッと笑った。


彼が熟睡してるのは、勿論、疲れのせいなんかじゃない。
お風呂上りに渡したビール。
あの中に遅効性の眠り薬を溶かしておいたのだ。
だから、激しい愛の交わりで散々体力を消耗したアイオリアは、グッスリと夢の中に沈んでしまい、今なら私が何をしても目覚めないだろう。
何せ、アフロディーテさんに頼んで分けて貰った『魔宮薔薇』から抽出した睡眠薬。
効き目は抜群だ。
もしかしたら、敵が攻めてきても、アイオリアは起き上がれないかもしれない。


アフロディーテさんに感謝しなきゃ。
理由を深く問い質しもせず、何も聞かずに薬を渡してくれた。
私の考えなど彼にはお見通しなんだわ、きっと。
分かってた上で、私を止めようともしなかった。


そう……、そうね。
もう私を止めるものは何もない、誰もいない。
決めたんだ、聖域から出て行くと。
日本に……、お父さんとお母さんの元に帰ると。
アイオリアと……、お別れすると。


これが最後じゃないわ。
この先だって、沙織さんの護衛とかでアイオリアが日本に来る機会もあるだろうし。
だけど、次に会う時にはもう、私達は恋人同士じゃない。
昔の『彼氏』と、昔の『彼女』。
懐かしいチクリと痛い想い出を胸に、苦い笑いを浮かべて向かい合う関係。
そんな未来を想像すると、急に泣き出しそうになって、私は慌てて頭を左右にブンブンと振った。


迷わない、迷わないって決めたの。
だから……。


私は身を屈めると、一向に目覚める気配のないアイオリアの唇に、自分の唇を重ねた。
まだ僅かに情熱に浮かされながら何度も彼が贈ってくれたキスの名残が残る唇で、熱の残る彼の唇を奪う。
最後のキスの感触を一生忘れないように、心の奥に刻み込んで。
このまま離したくはない、ずっとキスを続けていたい。
そんな想いに囚われ掛けたところで、私は自分の心を戒めるように唇を離した。


「ごめんね、アイオリア。愛しているから……。貴方の事は、一生変わらずに愛しているから……。」


許して欲しいだなんて、そんな都合の良い言葉は言えない。
だけど……。
だけど、これだけは言わせて欲しい。
例え、眠り続ける彼の耳には届かなくても。


「私の事、忘れないでね。他の人を好きになっても良いの、アイオリアが幸せになってくれれば。でも……、私の事は、私と愛し合った記憶だけは……。お願い、忘れないで……。」


意思に反して流れる涙が止まらなくて。
私は全てを振り切るように、眠るアイオリアに背を向けた。
そして、小さなバッグひとつだけを握り締め、アイオリアと何度も愛を交し合った部屋から静かに立ち去った。





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