アイオロスさんと姉さんには、直接の接点は一つもない。
彼がまだ生きていた頃、姉さんは私と共に日本の孤児院で暮らしていた。
姉さんがこの聖域に来た時には、もうアイオロスさんはこの世にいなかった。


なのに、どうして姉さんは自ら死を選ぶ程に、アイオロスさんを想うようになったのだろう?
姉さんが聖域に送り込まれてくる前に、知識として沙織さんを助けた『人物』の事も多少は教え込まれたのかもしれないけれど。
でも、それだけでは納得出来ない。
姉さんから届いた数々の手紙の内容は、どう見ても深く想い合った恋人がいるのだとしか受け取れなかったから。


その答えは、デスマスクさんが教えてくれた。


「アイツは……、俺と同じ人種だったって事だ。」
「……え?」


初めは彼の言っている言葉の意味が、良く分からなかった。
だけど、アイオリアが以前に教えてくれたデスマスクさんの必殺技や能力の事を思い出し、やっと言葉の意味を理解した。


「まぁ、体質つーか、なぁ。見えちまうンだよ、普通に、その辺に。知らねぇ振りを通してきたが、俺もアンタの事、ずっと見えてたしな。」
「…………。」


アイオロスさんの背中に向かって告げられた言葉。
彼が亡くなってからの十三年間、デスマスクさんは聖域の中で、何度もアイオロスさんの姿を目にしていたと言う。
それはつまり、彼の魂。
日本人である私の感覚で言うと、アイオロスさんの『幽霊』が見えていたと、そういう事。


「ギョッとしたぜ? 浅香のヤツが何してンのかと、興味本位で後をつけていったあの日、あの崖で浅香がアンタと……、いや、アンタの魂と会話してンのを見た時はな。だが、俺はサガに告げ口する気もなかったし、見て見ぬ振りを続けてた。」


姉さんは、アイオロスさんが真の英雄であると知っていた。
命を懸けてアテナである沙織さんを逃した、勇気ある聖闘士であると。
だからこそ、こっそりと彼のお墓に花を供えに行っていた。


そして、そこで出逢ってしまった。
自分のいなくなった聖域を、人知れずひっそりと見守るアイオロスさんの魂と。
だけど、デスマスクさん程に強い力を持っていた訳ではなかった姉さんは、ぼんやりと霞のようにしかアイオロスさんの姿を捉えられなかったから。
彼の魂に導かれるままに、人馬宮横からあの崖へと迎い、そこでやっと完全な姿で現れた彼と出逢う事が出来たんだ。
月に一度、月命日である日だけが、お互いに言葉を交わす事の出来る唯一の時間だった。


「俺はアンタが逆賊の汚名を着せられたと知ってて、サガに加担した身だ。こンな俺でも、アンタには申し訳ねぇなと思ってたんだぜ? だからこそ、魂くれぇは自由にさせてやってもバチは当たらねぇだろと、目を瞑ってたンだ、ずっとな。」


デスマスクさんは、月に一度くらいならと、あの崖でアイオロスさんの魂と姉さんが交流を続けていた事を、知っていて知らぬ振りをしていた。
そこで二人は沢山の話をしたのだろう、ひと月の間、積もりに積もった想いを言葉に乗せて。


姉さんとアイオロスさんは、お墓の前や、亡き人の姿が見れるあの草原で、何度も顔を合わせてはいたけれど、そこでは完全な彼の姿を見る事は叶わず、会話も成立しなかったから。
だから、空に浮ぶ彼の姿へ向かって一方的に話し掛けていた姉さんの姿が、傍で見た人の目に、『空に向かって何か喋っていた』ように映っても、何らおかしくはない。
だって、他の人の目にアイオロスさんの姿は見えていなかったのだから。


そして、共にいる内に、同じ時間を過ごす内に、二人は心惹かれ合った。
生きている人と、死して魂だけの人。
本来、出会う事も、交差する事もなかった二人の、奇跡にも似た恋の形。
だが、決して結ばれる事のない、実る事のない恋。


『あの人が戻ってきたなら、今度こそ心穏やかな時を二人で過ごせるでしょうか?』


姉さんは、海よりも深い想いを胸に抱いて、アイオロスさんの復活を待ち焦がれていたに違いなく。
結果的には、自ら死を選ぶ程に、彼を想い、彼だけに心を寄せていた。
姉さんは自分の命さえも投げ出せるくらい、アイオロスさんの魂を愛していたんだ。


心と心を繋ぐ、純粋でいて深く広い愛。
その想いを胸に、姉さんは崖を飛び降りた。
きっと、翼を広げて宙を舞うアイオロスさんのように、姉さんも空に向かって飛び立ったのだと、私はそう思った。





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