「おい、そりゃどういう事だ、シュラ? そんな話、俺達も初耳だぜ?」


シュラさんと同じく、それまで黙りこくっていたデスマスクさんが、驚いた顔を隠しもせずに、直ぐ横にいた彼を凝視して言った。
だが、そんなデスマスクさんと私達全員の驚いた視線から目を逸らしたまま、シュラさんは遠く雲の掛かった灰色の空を見つめ、視線を合わせようとはしない。


「どういう事も何も、そのままの意味だ。彼女は……、自殺だった。」
「見たのか? 飛び降りるところを。」


アイオリアの少し鋭さを含んだ声に、シュラさんはやっと視線を空から移す。
だが、やはり誰とも視線を合わさず、そのまま地面に目を向けて、小さく首を振った。


「いや、違うな……。俺等の速さなら、十分、間に合う筈だろ? 『その瞬間が見えた』としての話だがな。」
「そうだね。まさか、このシュラが、誰かが落ちていくのを見て見ぬ振りしたとは考え難いしね。」


声を発しないシュラさんに代わって、交互にフォローするデスマスクさんとアフロディーテさん。
確かに、姉さんが飛び降りると分かったなら、直ぐにも助けに入るだろう。
先程、私を助けてくれたアイオロスさんのように、彼等なら間に合う筈。


「なら、どうして分かる? それが『自殺』だったと。」
「それは……。」


再び、アイオリアの鋭い声が響いた。
シュラさんは俯いたまま目をギュッと瞑り、唇からフッと息が吐き出される音が聞こえる。
そして、ポツポツと真実の欠片が紡ぎ出されていった。
苦しげな表情の向こう側から。


姉さんの遺体の第一発見者はシュラさんだった。
その日、彼は磨羯宮を通り抜けていく虚ろな姉さんの姿を、偶然に見掛けたそうで。
聖戦が終わってこの世界に戻ってきてからというもの、姉さんが異常にぼんやりとしていて、様子がおかしかった事に気付いていたシュラさん。
最初は気にしなかったが、後になって急に心配になったらしく、姉さんの微弱な小宇宙を辿って後を追い駆けたところ、崖の下で無残な姿に代わっていたのを発見したという。


「崖の下の浅香の姿を見て、慌てて下へ飛び降りようとした時、『それ』を見つけた。」
「それ? もしかして遺書でもあったのかい?」
「遺書と言うか……、まぁ似たようなものだ。」


シュラさんが見つけたのは、崖の上の地面に残された姉さんの文字だった。
多分、近くに落ちていた木の枝か何かで書いたものだろう。


「そこには『私が貴方のところへ行くからね。』と、そう書かれてあった。」


私が貴方のところへ……。
それはつまり、『貴方が私のところへ戻って来ないのなら、私が貴方の元へ行きます。』と、そういう意味。
アイオロスさんがこの世界に帰って来なかったから、姉さんがアイオロスさんのところへと行こうとした。
だから……、だから『自殺』だったのだと。


胸が、酷く痛い。
キリキリと音を立てて締め付けられて苦しいくらいに。
姉さんはアイオロスさんに会える日を心待ちにしていて、でも、彼は戻って来なくて……。


『色々と辛い事が沢山起きた。何もかもが以前と変わり、私を取り巻いているのは、全く違う世界になってしまった。だけど、事態は思いも掛けずに好転し、一度はいなくなってしまった皆も、また戻って来るというの。皆だけじゃない、大好きなあの人も。今はその日を心待ちにして過ごしています。あの人が戻ってきたなら、今度こそ心穏やかな時を二人で過ごせるでしょうか? そう考えると、居ても立ってもいられなくなります。早く会いたくて……。』


姉さんから届いた最後の手紙。
だけど、この想いは叶えられなかった。
姉さんは自ら死を選ぶ事により、アイオロスさんの傍に行こうとしたんだ。
でも、それと入れ違いに、彼はこの世界へと戻ってきてしまって……。


こんなにも切なくて苦しいすれ違いがあるものなのかと、哀しい気持ちで胸がいっぱいになる。
私は痛む胸を抱いて、涙が溢れそうになるのをギュッと堪えた。





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