20.真実



それから、一時間後。
私達は双魚宮のテラスにいた。


美しい薔薇園が一望出来るテラスに設置された真っ白なテーブルを囲んで、目の前には汗の掻いたアイスティーのグラスが光る。
本来ならば楽しいティータイムを過ごすためのその場所で、だが、辺りを包んでいたのは息の詰まる何とも形容し難い沈んだ空気。
誰も、そこにいる他の誰かと目を合わそうとせず、皆が皆、それぞれ違う方向に視線を向けていた。


私の隣には沈黙を続けるアイオリアの姿。
ずっと黙ったまま、彼が何を考えているのか私にも分からなかった。
テーブルを挟んだ向かい側には、この宮の守護者であるアフロディーテさん。
そして、アイオリアの前の席にはアイオロスさんが座り、その後ろ、少し距離を置いてテラスの柵にもたれ掛かってシュラさんが立っており、横にはデスマスクさんが居心地悪そうに柵の上に腰掛けていた。


空には濃い灰色の雲が掛かっていたが、雨の降る気配はない。
途切れ途切れに雲が千切れ、その隙間から時折、容赦ない太陽の光が照り付けて、ジリジリと肌を焼く。
陰鬱な空模様の下、私の瞳にはアイスティーの琥珀色だけが、ヤケにクリアに映った。
刹那、誰一人、手を伸ばそうとしないグラスの中で、徐々に溶け出していた氷が、カランと高い音を立てて揺れた。


あの時、アイオロスさんに助けられた時。
直感的に真実を悟った私だったけど、まだ分からない事の方が多かった。
何がどうなって姉さんが死に到ったのか、実際に起こった事は、まだ何一つ知らない。
ただ、全ての答えは目の前にいる『アイオロスさん』に繋がっているという事だけが、私の唯一知る答えだった。


「結局……、浅香のあれは、事故だったのか? それとも――。」
「自殺だったの?」


この沈黙を破って話を切り出したアイオリアが、私を気遣い途中で言葉を止める。
だが、言葉にするのを躊躇った単語を、いともあっさりと私が口にしたのを聞いて、彼は驚きの表情で横にいる私を振り返った。


「本当のところは分からない。俺はまだ、その時には……。」


この世に戻って来ていなかったからと、アイオロスさんは哀しげな笑みを浮かべて首を振った。
その横でアフロディーテさんも小さな溜息を吐き、小さく肩を竦める。


「私達が現場に駆け付けた時には、既に見るも無残な状態だったからね。何がどうなってそうなったのか、誰にも分からないんだ。遺書でもあれば兎も角、自殺と判断出来る物は何もなかったから。」


事故……。
つまりは、当初に聖域側が出した結論と同じ。
そこには何一つ作為的なものはなく、改竄の事実すらなかったという事。
沙織さんと私が疑っていたような後暗い工作は、実際のところ行われてはいなかったのだ。
全ては無駄な懸念だった、無意味な懐疑だった。


「違う、事故ではない。浅香は……、自殺だった。」


突然、その場の暗く沈んだ空気を破って響いた低い声に、ハッとして目を向ける。
それまでずっと厳しい表情をして押し黙っていたシュラさんが、私達から目を背けたまま唇を噛んでいた。





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