先程まで、沙織さんと二人で話し合っていた部屋に、今は初対面の男の人と二人。
いや、私は別に人見知りって訳じゃないし、普通の男の人ならば、こんなにも緊張したりはしないんだけど。
「で、浅海。」
「……え? あ、は、はいっ!」
急に名前を呼ばれて、自分でも吃驚するような上擦った声が出た。
そして、あまりの動揺っぷりに、ややへこむ。
目の前で私を見ている人が、こんなにも美形というか、魅力的でさえなかったら、ちゃんとした受け答えのひとつも簡単に出来るのに。
そう思うと、自分が酷く情けなく感じた。
「何で、そんなに固まってる?」
「いや、何でと言われましても……。」
そんなに直球で、返答に困る質問をしないで貰いたいものだ。
これが外国の女性なら「貴方がとってもハンサムだからよ。」なんて、サラリと答えるのだろうけど。
あいにく私は生粋の日本人。
大和撫子なんて言葉、現代日本女性には、もう似合わないものになってしまったけど。
こんな時ばかりは、しおらしく大人しい女になってしまうのは、日本人の性(サガ)だろう。
「その敬語は止めろ。あと、俺の名前は呼び捨てで良い。」
「よ、呼び捨てですか? それは、ちょっと……。」
「ちょっと、と言われてもな。俺も敬語とか使われると虫唾が走る。頼むから、普通にしてくれ。」
彼は沙織さんに連れられて日本に来てからというもの、毎日、このグラード財団の職員などに仰々しい敬語で話し掛けられ、『カノン様』と呼ばれ続けて、うんざりする程に嫌気が差しているのだと言った。
「俺はカノン様とか呼ばれるような男じゃないし、そもそも浅海は、ココの職員でもないだろ? だったら、そんなもの、必要はない。」
「は、はぁ……。」
そうキッパリと言い張る彼は、その近寄り難い容姿とは裏腹に、どちらかといえば気さくな性質の持ち主のようだ。
打ち解ければ、きっととても話し易くて、気の良いお兄さんのような人なのだろう。
私は思い切って、フレンドリーに接しようと、勇気を出して話し掛けてみた。
「じゃ、じゃあ、カノン?」
「ん? 何だ?」
「色々、教えて欲しい事があるの、ギリシャに行く前に。例えば、聖域の事とか……。」
「あぁ、そうだったな。何も知らずに行くってのも、マズいだろうし。」
そう言って、彼はチラリと壁に掛けられていた時計を見た。
気付けば、もう五時を越えていた。
そんなにも長い時間、ココで沙織さんと話し合っていたと知って、自分でも驚いた。
「外で飯でもどうだ? 食いながら、必要な事は説明してやるよ。」
「そうね、時間も時間だし。」
そうして、私達はグラード財団の本社ビルを後にし、場所を移して、話し合いを続ける事となった。
→第3話へ続く