――コンコンッ!


沙織さんと私の会話が途切れた、その時。
まるで様子を伺っていたかのようにタイミング良く、軽やかなノックの音が響いた。


「お入りなさい。」


途端に、少女からグラード財団総帥の顔に戻った沙織さんが、キリッとした声で返事をする。
だが、ドアを開けて入ってきた人物の顔を見て、彼女の顔は、また元の表情に戻った。


「失礼します。」
「カノンでしたか。丁度良かったわ。」
「……は?」


部屋に入ってきた男性を、私は思わず凝視してしまった。
普段であれば、そんな事は絶対にしない。
マジマジと顔を見るなど相手に失礼だし、自分としても恥ずかしい。
だが、この男性の容姿はあまりに魅力的で、私は失礼とかそんな事も忘れて、呆然と見惚れてしまった。


「浅海さん、こちらはカノンと言います。カノン、彼女は浅香さんの……。」
「あぁ、例の妹さんですか?」


それまで沙織さんの事しか見ていなかった彼が、初めて私の方へと視線を移す。
目が合って、ドキリとした。
その深い海のような青い瞳は、私が今までの人生で見た事もない美しい色をしていたから。


ううん、瞳だけじゃない。
フワフワと揺れる、青く豊かな長い髪も。
キリッと整った端整な顔立ちも。
驚く程に長身で、それでいて筋肉の付いた逞しい身体付きも。
彼の全てが外国の雑誌か映画に出てくるような、いや、それ以上に魅力的な、そんな現実離れした容姿だったから。
こんな男性がこの世にいるんだと、思わず呆然と彼を眺めてしまう。


「どうも。俺はカノンだ、よろしく。」


スッと目の前に差し出された手を見て、その時初めて、私は挨拶もせずに彼の事をジロジロと見ていたのだと気付いた。
あぁ、きっと彼に、何て失礼な女なんだろうと、そう思われたに違いない。
いつもなら、こんな事は決してないのに……。


「はじめまして、浅海といいます。宜しくお願いします。」


自分も遠慮がちに手を差し出すと、躊躇いもせずにギュッと手を握られる。
その予想以上に大きな手と、予想外に強い握力に、意志より先に身体が勝手にビクッと反応した。


「あ、悪い。強過ぎたな。」
「いえ、あ、あの……。」


失礼極まりない私の行為にも、不快な顔一つせずに、彼はサラリと言った。
気にならなかったのかしら?
彼が部屋に入ってから今まで、私の態度は失礼極まりないものだと思われるのに。


「気にしなくて良いですよ、浅海さん。彼はこういった反応には慣れていますから。」
「まぁ、何処に行っても似たような反応されますし。この数日間で、もう慣れましたよ。」
「まぁ、随分と順応力がおありのようね。」
「日本に来てからというもの、貴女が面白がってアチコチ連れ回すからでしょう?」


ガシガシと、そのフワフワ広がる髪を掻き毟り、彼はフッと苦い、それでいて柔らかな笑みを零した。
その表情に、またしても心がドキンと高鳴る。
私は楽しそうにからかう沙織さんと、それに微妙な顔で受け答えする彼を一歩退いた状態で見つめながら、グラード財団ともなれば、こういう男性を部下に持てるものなのかと、ぼんやりと思っていた。





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