脱いだジャケットを椅子の背に掛ける少し乱暴な音が、バサリと響いた。
やはり疲れているのだろう、蝶ネクタイを取り去る手付きも、どこか急いているように見える。
無意識に一番上のボタンを外す仕草に、男性特有の色気が醸し出されて、私は思わず視線を逸らした。


「一年に一度しかない貴重な時間なのにか? アミリアだって、誰かにチョコレートを渡すつもりだったのだろう?」
「そうですね、一応、用意はしましたけど……。」
「けど、何だ?」


隣に座っていたシュラ様が身を屈め、私の顔を覗き込む。
切れ長の目を更に細め、ジッと私だけを見つめてくる、その瞳の魔力。
この瞳に惹かれた何人の女性が、今頃、地団太を踏んでいる事だろう。
今日という一大チャンスのイベントに聖域不在な上、たった一人の冴えない女官が、この魅惑的な黄金聖闘士様を独り占めしているのだから。


「私のような者には一生縁のない、厳かな式典や素敵なパーティー、そこにシュラ様と二人で出席出来た事。それだけで十分に幸せです。」
「そう、か……。」


アミリアは欲がないな、そう呟いてから、シュラ様はフッと軽く笑みを零した。
あ、この笑顔好き。
そう思った瞬間、シュラ様の手がスッと伸びてきて、私の右頬を包む。
ドキリ、再び高鳴る胸。
ジワリと熱い大きな手の感触。


「ならば、そのチョコレートは俺が貰おう。いや、寧ろ、俺以外の男に渡されては困る。」
「え?」


そして、近付いてくる顔、耳に寄せられた唇。
零れ掛かる熱い吐息。
だが、それ以上は何もなく、耳に寄せられた唇も、頬に触れた手も、呆気なく離れていった。


「ふ、どうやら自分が思う以上に酔っているようだ。アミリアに嫌われる前に、シャワーでも浴びて、酔いを醒ました方が良さそうだな。」
「あ……。」


その言葉と同時に離れてしまう体温、シュラ様が音もなく席を立つ。
立ち上がった彼が、おもむろにシャツのボタンを外しだしたのを見て、私は慌てて立ち上がり、暇(イトマ)を告げた。


「で、では、私はこれで……。」


夢のような一日の終わり。
名残惜しさはあれど、それも、もうここまで。


だけど――。


「アミリア、行くな。」
「シュラ、様……。」


強く握り締められた手首、引き寄せられた身体、全身に感じるシュラ様の……、熱。
部屋を出ようとしていた筈の私は、いつの間にか彼の腕の中にいて。
強く、キツく、抱き締められていた。
肌蹴たシャツの隙間から垣間見える逞しい胸が、直接、頬に触れている。
その熱さに思考すら吹き飛びそうになった瞬間、それ以上に熱いシュラ様の吐息が髪に掛かり、ビクリと身体が揺れた。





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