「さ、射手座のアイオロス様っ?!」


呆然とした耳に響いたのは、兄の驚き慌てふためく声。
見上げれば、音もなく降り立った黄金色の鳥は、いつの間にか私の目の前まで来ていた。


「このような事で、アイオロス様のお手を煩わせてしまうなど! も、申し訳ありません!」
「いや、良いんだ。これくらいの事。」


アイオロス……?
この美しい黄金色の鳥の名は『アイオロス』というの?
アイオロス、アイオロス。
何て綺麗な響きだろう。
風のようなこの鳥にピッタリの、この世に二つとない名前。


「可愛い帽子だ。ほら、もう飛ばしてしまうなよ?」


そう言って、私の目の高さまで屈んだ黄金色の鳥は、ポフッと私の頭へと掴んでいた麦藁帽子を被せてくれて。
手を離し、私と目が合った刹那、穏やかな顔いっぱいに眩しい程の笑みが広がる。
私は思わず目を細めた。
そのあまりの眩しさに、真っ直ぐ見つめている事が出来なくて。


「ありがとう! すてきな鳥さん!」
「な゛っ、アナベルっ?! アイオロス様に失礼だぞ! 鳥などと――。」


目を見開いて、私を見下ろす兄の焦る表情に、私は首を傾げるばかりだった。
何をそんなに慌てる事があるのか、その理由が私にはさっぱり分からなかったから。


「ハハハ。気にしなくて良いよ。俺が鳥に見えたのかい?」
「うん! きんいろした、きれいなきれいな鳥さん!」
「そうか、綺麗な金の鳥か。ありがとう、アナベル。」


鳥のアイオロスさんは、私の帽子を再び頭から持ち上げると、ポフポフと優しく頭を撫でてくれた。
そして、また帽子を元のように被せて、にこやかに笑う、その表情。
幼い子供の私ですら胸がトクンと高鳴り、頬が染まる。
そんな私の赤く染まった頬へ、鳥さんは柔らかなキスを一つ落とした。


「じゃあ、またな!」


瞬きする間に、颯爽と飛び立っていった黄金色の鳥。
「またな。」という事は、また会えるの?
会いたい、会えるのなら。
もう一度、貴方に……。


「またね! 鳥のアイオロスさん!」


十五年前の夏。
飛び立つ背中に力いっぱい叫んだ、五歳の私。
忘れられない、あの輝く夏の日の記憶は、今でも色褪せずに胸の奥に光り続けている。





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