暮れ始めた夕方の空気が、妙に肌寒い。
十二宮の階段を下から上へと吹き抜けていった風が、女官服に覆われていない首筋をスルリと撫でて、身体を震え上がらせる。
私はカーディガンの上から両腕を何度か上下に擦りつつ、足下ばかりを眺めて石造りの階段を一段、また一段と下りていた。


「……オイッ。」
「…………。」
「オイ、コラ、アリア。無視すンな。」


階段を少しだけ下りたところで、肩を掴まれ、無理矢理に制止させられた。
驚いて振り返ると、デスマスク様が渋い表情で私を見下ろしていた。
追い駆けてきてくれたのだろうか。
彼にしては珍し過ぎる行動に、更に驚きが増す。


「……デスマスク様。」
「アリア、オマエなぁ。ンな、この世の終わりみてぇな顔してンなって。オマエの期待を裏切ったのは、確かに俺が悪かった。だから、落ち込むのは止めろ。」


増々もって珍しい。
この人が素直に謝るだなんて、見るのも、聞くのも、初めてのような気がする。
何かしら言い訳を付けては、上手い具合に避けるのが得意な人だから、余計に。


「そりゃなぁ……。女を泣かせるなンて、この俺のプライドが許せねぇし。」
「泣いてないです。落ち込みはしましたけれど。」
「放っておいたら、泣いただろ、どうせ。一人でトボトボ帰路に着いて、辺りの景色は薄闇、でもって、山の端には淡い色の夕陽空。こンだけ揃ってりゃ、女は泣くモンだと相場が決まってる。」


ヤケにお詳しい事。
流石はデスマスク様、プレイボーイの鑑ですね。
それとも何ですか?
それだけ沢山の女性の行動パターンを知っているんだぞと、自慢でもしたいのですか?


「だから、不貞腐れンなって。」
「不貞腐れているのではなく、怒っているんです。私は貴方に騙されたのですから。」
「騙してねぇよ。冗談のつもりだっただけだ。」
「だから、タチが悪いんです。頭だって、まだ痛いのですから。」
「頭? オマエの頭が悪ぃのは、俺のせいじゃねぇだろ。それはアリアが自分で何とかしろ。」


失礼ですね!
頭が悪いだなんて一言も言っていませんけど!
頭が痛いんです、貴方がさっき殴ったところが!


「悪ぃ、悪ぃ。殴ったの忘れてたわ。」
「それで良くもフェミニスト気取りなど出来ますね……。」


本当に呆れる。
こんな人からのお誘いを本気に受け取っていただなんて。
自分自身にも呆れるし、お馬鹿が過ぎるわ、アリア。
デスマスク様が、こういう人だったって事を、うっかりスッカリ忘れて、有頂天になっていただなんて最悪だ。


「しゃあねぇ。詫びも兼ねて、今から俺の宮でメシでも食ってくか? テキトーにあるモンで作るから、大したメシは出せねぇがなぁ。」
「……え?」
「何? 嫌なのか?」
「い、いえいえ! そうではなくて……。あの、良いのですか?」
「良いも何も、詫びだっつってンだろ。オラ、俺の気が変わらねぇウチに、宮に帰るぞ。」


そう言って、私へと真っ直ぐに差し出された大きな手。
それが何を意味するか分からず、その手と、デスマスク様の顔とを交互に眺める。


……あ、そうか。
私の手を引いて、巨蟹宮まで連れていってくれるって意味ね。
とはいえ、素直に従っても良いものなの?
ココは、もう少しだけ不機嫌を貫いた方が、焦らし効果も加算されて、多少なりともお灸を据えられるのではないかしら?
でもでも、迷って悩んでいる内に、本当に彼の気が変わってしまうかもしれない……。


思い切って、薄闇色に沈むデスマスク様の白い手に、自分の手を重ねる。
すると、予想外にギュッと強く握り締められて、そして、予想外に彼の手が温かくて。
その間、私の胸の中は、期待と高揚感に包まれ、再びトクトクと高鳴り始めていた。



冷たい彼の温かい手



(アリア、オマエさ。誘いが冗談でガッカリしたって事は、そんなに俺とヤるのが楽しみだったのか?)
(え、あ、そ、それは、その……。)
(ククッ、イイぜ。たっぷりと楽しませてやるよ。夕メシも、ベッドの上でもな。)
(…………っ!)



‐end‐



お題配布元:
「確かに恋だった」




おかしい。
一ページのもののSSを書いていた筈が、気が付いたら二ページ分もある長さになっている……。
ちなみに夢主さんは、この前日にシッカリとエステで全身ピカピカにしていますw

2016.10.05



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