上がり下がりの金曜の夜



窓の外に薄闇が広がり始めた夕刻。
真っ赤だった夕焼けが、少しずつ色褪せてきて、淡いスモークピンク色へと移り変わっていく頃。
人から見えぬよう心の中でだけソワソワとしていた私に、無遠慮な声を掛けたのは、ミロ様だった。


「悪い、アリア。これさ、この報告書。どうしても、今日中に提出しなくちゃならなくなったんだ。手伝ってくれるか?」
「嫌です。絶対に嫌です。」
「ええっ、何で?!」


いつもは喜んで引き受けてくれるじゃないか!
そう抗議の声を上げるミロ様には悪いが、今夜は残業なんて真っ平御免。
もう直ぐ執務時間は終わる。
こんな遅い時刻から開始して、一から報告書を纏めるとなると、深夜までは確実に掛かる。
それは困る、それだけは困る。


「残業手当の他に、俺からボーナスの上乗せしてやるから、な? お願いだ、アリア。頼むよ〜。」
「駄目です。今夜は予定が入っているんです。」
「予定? 誰と? 何の?」
「今夜はデスマスク様とディナーなんです。彼と私、巨蟹宮で二人きり、美味しいお料理をいただ――。」


――ゴツッ!


突然、頭頂部に感じた、ビリリと痺れるような痛み。
目の奥が真っ白になり、蹲って痛みに耐える。
だが、堪えようとしても、な、涙が……、涙が流れ落ちてくる……。


「オイ、コラ、アリア。誰と誰が二人きりだって?」
「い、痛いです……。何で殴ったんですか、デスマスク様……。」
「殴られるような事を勝手に決めたオマエが悪い。いつ、何処で、誰が、今夜オマエと夕飯を食う事に決めたんだ? あ?」


『いつ』と問われたなら、三日前の夕刻、帰宅の直前。
『何処で』と聞かれたなら、教皇宮を出たところ、十二宮の階段の前。
『誰が』と尋ねられたなら、デスマスク様に。


「はぁ? 俺は何も言った覚えねぇぞ。」
「言いました、確かに。私が『今週の金曜日、友人とのディナーの約束が取り消しになったのでガッカリ落ち込んでいるんです。』と告げたら、デスマスク様が、『だったら、ウチでメシでも食うか? 勿論、ベッドの上でのイイ事で返してくれンなら、の話だが。』って仰いましたもの。」
「オマエな……。そりゃ、タダの社交辞令だろうが。本気にするとかアホだろ。」
「てか、デスマスク。お前、アリアに向かって、そんな卑猥な社交辞令を言い放ったのか? 何て失礼なヤツだ。」


ミロ様が、デスマスク様の前ボタンが開き過ぎなシャツの前を鷲掴んで、軽く掴み上げた。
しかし、私はそれを止める気すら起きなかった。
茫然自失というのは、こういう事をいうのか。
ガッカリを通り越して、思考回路がパタリと止まる。
あんなに楽しみにしていたのに、何の事はない、デスマスク様にしてみれば単なる冗談だったなんて……。


「もうイイです、ミロ様……。」
「元より落ち込んでいたアリアを、更に落ち込ませるだなんて、本っっっ当に酷いヤツだな、デスマスク。」
「今更、何を言ってンだか。俺がヒデェのは昔からだ。よーく知ってンだろ。」
「あぁ、もう良いわ。お前とじゃ話になんない。なぁ、アリア。時間が出来たんだから、俺の仕事を引き受けたら良い。仕事に没頭すれば、気も紛れるだろ。」


いいえ、ミロ様。
気など紛れないし、そもそも気力が湧かないのだから、仕事など手に付く訳がない。
大量の領収書も、報告書の整理用資料も、今は見たくもないのだから。


「……私、帰ります。」
「あ、ちょ、アリアっ! おい、デスマスクッ! お前のせいだぞ! ちゃんとフォローしろよ!」
「チッ。面倒臭ぇなぁ、ったく……。」


トボトボと廊下を歩く背後から、ミロ様の怒声と、デスマスク様の悪態が聞こえてくる。
が、今は何もかもが、どうでも良い。
私は振り返る事もなく教皇宮の出入口から外に出て、そのまま十二宮の階段を下り始めた。





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