不機嫌な彼の手によって、私が連れて行かれた場所は、高級ブランドの直営店らしき店舗。
私のような庶民には縁のない、寧ろ沙織お嬢様が贔屓にしている、そんな敷居の非常に高いお店だ。
私が普段買うお洋服とは、桁が一つ、いや、二つは違っている、そんなセレブのために存在する超高級有名ブランド。


「あ、あの……、ココで一体、何を?」
「イイから、オマエは黙って俺に従ってろ、アリア。」


否応なくお店の中に引き摺り込まれ、煌びやかなお洋服やバッグの横を素通りし、ロクに商品を見る事もなく、奥のフィッティングルームに押し込まれた。
試着室と言うには、だだっ広い部屋に一人、ポツンと取り残され、私は何をどうして良いのかも分からず、ただ立ち尽くす。
そんな私の耳に届くのは、薄い扉越しに聞こえるデスマスク様の怒鳴り声ばかりだ。


「オマエの目は節穴か? アイツに、ンなセクシードレス、似合うワケねぇだろが!」
「ちゃんと人を見て選べ、接客業だろ! ンな態度じゃ、一流ブランドの名が泣くぞ!」
「あ? 誰が俺を見て選べっつった?! 何度、言えば分かる?! 俺が連れ歩いてそうな女に似合うドレスじゃねぇ! アイツに似合うドレスだ! 脳味噌足りてねぇのか、オマエは?!」


な、何だか、店員さんが、とてつもなく可哀想な事になっているんですけど、通報されたりしないでしょうね?
そっち系の人が店内で迷惑行為を働いていますなんて訴えられたら、デスマスク様の連れ(と見なされる)私の身も危ういんじゃ……。


「オイ、アリア。」
「わっ! な、何ですか、デスマスク様?」
「コレ、着てみせろ。」
「はぁ……。」


声掛けも、ノックすらもなく、私のいるフィッティングルームの扉を開け放したデスマスク様は、ポイッと一着のドレスを投げ付けて、またバタンと扉を閉じた。
後に残された私は、ドレスを手に暫く唖然としていたが、鏡に映った自分の姿にハッとする。
ノロノロしてたら、今度は私が彼に怒鳴られてしまう。
デスマスク様のご機嫌を損ねたら、また後が面倒になるもの。


慌てて着替えたドレスは、身体に優しくフィットして、とても着心地が良かった。
高級なお洋服っていうのは、デザイン的なものだけでなく、素材からして違うものなのね。
綺麗なそのドレスを身に纏っているのが、庶民も庶民過ぎる自分であるという事には目を瞑って、大きな鏡の前で思わずクルリと一回転してしまう。
それくらいに素敵だ。


こういうドレスって、露出が多めでセクシーな雰囲気のものばかりだと思っていたけれど、そうじゃない服もある事、初めて知った。
肩はフレンチスリーブの可愛い袖に包まれ、ゆったりしたドレープで大きく開いた胸元は、凝った刺繍のレースで内側から巧みにカバーされている。
形は至ってシンプルなのに、不思議と身体の凹凸のラインを綺麗に見せてくれるのは、ギャザーや切り替えを効果的に使っているからだろうか。
セクシーではないけれど、清楚過ぎる事もない。
他のドレスを、まだ一着も見ていない私だけれど、この店では、これが一番のお気に入りになるだろう事は直ぐにも理解出来た。


何よりも、このドレスの色。
深い夜を思わせる濃紺の……、いや、違う。
紺ではなく、深く濃い『青』だ。
濃青をしたドレスは、まるで全体に星が散っているかのようにキラキラと輝いていた。
安っぽくスパンコールやビーズが使われている訳ではなく、布を織る糸の中に銀糸が混ざっているのだろう。
動く度にキラキラと星が瞬くドレスは、うっかり鏡に映る自分自身に見惚れてしまう程だ。





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