十一月のほっこり初雪



「見て! 寒いと思っていたら、雪! ほら!」
「お、初雪かぁ。聖域にも遂に冬がやって来ましたぜ、ってか。」


温暖なギリシャとはいえ山奥も山奥、秘境も秘境、そんな聖域だ。
季節が進めば草木も枯れて、雪も降る。
それでも記憶にある限り、これが今年の聖域での初雪だった。
数日前から寒い日が続いていたが、こんなに早く初雪になるとは。
北欧出身の私ですら、この早さには驚いた。


「結構、大きな粒してンな。このまま降り続いたら積もっちまいそうだぞ?」
「良いじゃないか。蟹は寒い日に食べた方が美味しく感じる事だしね。」
「オイ、コラ。なンで蟹の話が出てくンだよ。意味分かンねぇし。」
「蟹、美味しそう。皆でお鍋したいね。ズワイ蟹の足がいっぱい入ったお鍋……。」


双魚宮の外に広がる薔薇園、それを見渡せる位置にあるリビングの大窓。
その窓に貼り付いて、ホワンと目を細めた飛鳥は、頭の中で、グツグツ熱々に煮えた蟹鍋を想像しているのだろう。
丁度、オヤツ時、お腹も空く頃だ。
私は手にしていたトレーをテーブルに置き、窓の外を眺めていた飛鳥の隣に並んだ。


灰色の空が見上げる視界いっぱいに広がり、その区切りの無い平坦な空の何処から生み出されてくるのだろう、そう思わずにはいられない程の大粒の雪が、そこからハラハラと舞い降りてくる。
フワフワとした綿のような雪。
気温の高い頃に見られる雨混じりの雪とは違い、ハッキリとした塊となって静かに木々へと降り注いでいる。
確かに、直ぐ溶けてしまう雪ではなさそうだ。
夜に向かって寒さも増すだろうし、その頃には十二宮の階段も、石畳も、辺り一面が真っ白に変わってしまっているかもしれない。


「シュラが任務から戻る頃には、雪景色かもね。」
「アイツ、滑って素っ転ンだりしねぇかな。したら、思い切り笑ってやるのによ。無表情な顔で大コケしたぞ、山羊の野郎が、ってな。」
「シュラは、そんな格好悪い事にはなりません〜。雪が積もっていようが、足元が滑ろうが、スマートに颯爽と歩きます〜。」
「そりゃ、オマエの贔屓目だろが。アイツは意外にウッカリしてるからな。不用意に早足で歩いて、豪快に転ンだりすンだよ。」


シュラは見た目とは裏腹に、実は不注意なところもあるから、転ぶ可能性は高いかもね。
飛鳥は、そんな格好悪いシュラの姿は見たくないのだろうけれど。
いつもなら自分が転びそうになった時に、シュラが平然とした顔で支えてくれるのだから。


「良いもん。格好良い人は、転んでも格好良いんだから。気にしないもん。」
「ほぉ? じゃ、俺がオマエの前で転んでも、『格好良い!』って思ってくれるってワケだ。」
「う〜ん……。それはないかな。デスさんが転んだら、大笑いする自信があるわ。」
「私も大笑いするね、確実に。」
「オイ、テメェ等。言ってる事が違ぇだろ。つか、魚は黙ってろよ。」
「自分が『格好良い人』に入ってるとか思ってる自信過剰の蟹が悪いのさ。笑われて当然。」


流石に寒くなってきたのか、外からジワジワ入り込んでくる冷気に両腕を擦りながらデスマスクが窓から離れたのをきっかけに、飛鳥も私もテーブルへと向かった。
やはり皆、お腹が空いていたのだ。
そして、この寒さ故、温かなお茶を欲しているのだ。
これだけ大きな雪が降りしきる景色が目の前に広がっている。
暖かな部屋の中から眺めていたとしても、体感では寒さを覚える事だろう。





- 1/2 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -