パタパタと軽い足音と共に逃げ込んだのは給湯室だった。
取り敢えず、お水でも飲んで一息つきたかったのだ。


「あ……。」
「鮎香? どうした?」


だが、駆け込んだ給湯室の中には、先程、踵を返して立ち去ったシュラ様がいたものだから、予期していなかった私は驚きに立ち竦み、入口で足を止めた。
見開いた視界の中、シュラ様は慣れた手付きで紅茶を淹れている。
ふわり、立ち昇る湯気が揺れた。


「実はミロ様に捕まってしまいまして……。」
「また、アイツか。それで逃げてきたと?」
「はい、まぁ……。」


紅茶をカップに注ぐ手元からは目を離さず、苦笑を浮かべるシュラ様。
その横顔に、思わず見惚れてしまう。
頬に掛かる黒髪の、その白い肌に淡い色の影を作る様が、何をする訳でもないのに色っぽくて。


「シュラ様、お茶なら私に言っていただければ、お淹れしましたのに。」
「良いんだ、自分で出来る。この程度の事で、鮎香の手を煩わす必要もあるまい。」


やっぱりシュラ様は優しい。
私に余計な手間と時間を取らせないようにとの気遣いは、他の方にはないもの。
でも、ちょっと寂しい気もする。
断られてしまったなら、彼のために心を籠めてお茶を淹れて上げる事が出来なくなるのだから。


「何だ、その顔は?」
「いえ、私は女官なのですから、気遣いなく仰って欲しいな、と。それも私の仕事の一つですから。」
「そうか。ならば、今度は遠慮せずに頼むとしよう。自分で淹れるよりか、鮎香が淹れた方が美味い気がする。」


そう言って、今度は私の方に顔を向け、微かに苦笑い。
彼はこういう微妙な表情で、私の心を擽ってくる。
多分、本人は気が付いていないのだろう。
その表情の変化一つで、周りの女性が一喜一憂しているなんて思いも寄らないのだ。
だから、こんなにも無防備に魅力的な微笑を零してみせるんだわ。


「そうだ。昨日は無理を言って付き合わせて、済まなかったな。お陰で楽しい時間を過ごせた。」
「まさか、先程はそれを伝えようと?」
「あぁ。だが、鮎香は友人と話をしてるところだっただろう。女同士の会話に横入りするなど、そんな無粋な事は出来んからな。」


その言葉、ミロ様にも聞かせて欲しいものです。
是非にお願いしたいです。


「シュラ様は気にならないのですか? 何を話しているんだろう、とか。」
「多少は気になりはするが、そこを気にしていたら、果てがないだろう? 女の会話には終わりはないようだし。」
「仰る通りです。」
「それに内緒話なら、鮎香が誰かとしている話に聞き耳を立てるより、俺が鮎香と話をしている当人になった方が良い。」


その瞬間。
瞬きよりも早く伸びてきた手に肩を掴まれ、軽く身体を引き寄せられた。
驚き見開く目の前に、シュラ様の端整な顔。
それも息が掛かる程、近くに。


「こんな風にな。」
「っ?!」


それは、からかい?
それとも本気?
どちらとも判別が付かずに困惑していると、また彼の口元に微かな笑みが浮かぶ。
あぁ、もう反則だ、反則過ぎる。
この笑顔を見せられては、何をされても許してしまいそう。


その笑顔に目が眩んでボーっとしていると、クシャッと髪を撫でられた。
その内、また買物に付き合ってくれ。
横を通り際に、そう言われて、私はコクンと頷く事しか出来なかった。



部屋の片隅で内緒話
(貴方と私、二人だけの)



‐end‐





ミロたんが、また痛い子に(汗)
何と言うか『内緒話』というお題に沿えてない気が満々にするのですが、そこは目を瞑ってください(ぇ;)
何がしたかったかと言うと、山羊さまに「そんな無粋な事は出来ん。」と言わせたかった、それだけだったりします。

2013.02.10



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