その日の夕方。
夕食の準備を終えた私は、リビングのソファーに腰掛け、シュラ様の帰りを待っていた。
少しずつ日が長くなり始めた初春の夕方。
暖かなようでいて、何処か肌寒さを感じさせる、そんな夕陽の名残が、部屋を薄紅色に染めている。
薄闇と落陽が入り混じる部屋の中で、私はぼんやりとリビングの白い壁を眺め、そして、無意識に何度も小さな溜息を吐いた。


「ただいま……。ん、どうした、アンヌ? ぼんやりとして。」
「あ、シュラ様。お帰りなさいませ。」


ぼんやりとし過ぎて、シュラ様がリビングに入ってくるまで気が付かなかったらしい。
ソファーの直ぐ脇に立ったシュラ様に鋭い瞳で見下ろされ、ハッとして立ち上がる。
女官としては失格だ。
宮主が帰ってきたにも係わらず、座り込んだままでいたなんて。


「腹が減った。今日の夕飯は何だ?」
「ま、待ってください。」


心は既に夕食に向かっているのだろうシュラ様は、今にもダイニングに向かって足を運ぼうという素振り。
だが、私はそんな彼を慌てて引き止めた。
今日は、先に話がある。
それを終わらせなければ、夕食なんて喉を通りそうにない。


「シュラ様。その前に、少しだけお話があります。」
「……何だ、突然?」


シュラ様がソファーに座ると、私はテーブルに乗せてあった箱を引き寄せた。
この宮の帳簿や領収書の類を入れてある、あの箱だ。


「今日、この帳簿の整理をしました。それで……、現在の磨羯宮の逼迫した財政状況も知りました。」
「そう、か……。」


僅かな沈黙。
シュラ様は何も言わずに、私の言葉の続きを待っている。
私は帳簿をペラペラと捲りながら、どのように話を切り出そうかと悩んでいたが、回りくどい言い方よりも、ハッキリと言ってしまった方が良いだろうとの結論に達し、膝の上でパタリとそれを閉じた。


「単刀直入にお伝えします。私のお給料額を下げてください。上積み分は結構ですから、他の宮付き女官達と同じお給料の額にして下さい。」
「……何故だ?」
「そうすれば、少しは負担が減りますでしょう? 私がいる事で、シュラ様に余計な負荷を負わせたくはないんです。」


スッと目を細め、眉を顰めたシュラ様の表情。
私の言葉に、彼は怒ってしまったのだろうか?
でも、ここで話を止める訳にはいかない。


「負担など掛かってはいない。給料を払えないなら、最初からアンヌを雇ったりしない。」
「ですが、これではあまりにも……。」
「くどい!」


僅かに声を高めただけ。
それでいながら物凄い迫力で、私の言葉を奪ったシュラ様の、たった一言。
言葉を失い、目を見開いて、真横に座る彼をジッと見つめる。
いつもなら、こうなってしまっては引き下がるしかない私ではあるが、今日はそうする訳にはいかなかった。
シュラ様とこの宮の状況を思えば、「はい、そうですか。」と言って、それをすんなり受け入れる事は出来なかった。





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