華奢なティーカップを傾けて、アフロディーテ様は琥珀色の温かな紅茶を一口だけ口に含んだ。
カップが受け皿に当たるカチャリという小さな音が、静かな部屋の中に響く。


「正確には、アテナが聖域に攻め込んできた時の損害だ。シュラは自宮の裏手を自らの技で真っ二つにした。つまり、十二宮の階段の途中に、断崖絶壁を作為的に作った事になる。」
「覚えています。宮の破損と違い、あれは階段・道の途中でした。急を要する修復だった上、かなりの深さで地面が割れていたせいで、多大な手間と労力と、そして工事費が掛かったと聞きました。」


アテナ様が海界で戦っていた時にも、その先に起きるだろう大きな戦(イクサ)に備えて、十二宮の修復作業は続いていた。
今思えば、あれは冥界軍が攻め込んできた時のための修復、この聖域の中でも十二宮だけは磐石の備えでありたいとの上層部の希望だったに違いない。
特に、アテナ様との戦いでは、凍り付いてしまった宝瓶宮を除くと、磨羯宮の裏手の損害が一番大きかった。
あの大きな亀裂を元通りに戻す工事は、それはそれは大掛かりなものだったのを、はっきりと覚えている。


「それだよ。あの戦いも含め、聖戦が終わるまでの一連の戦いの中で出た損害については、経理方での協議の結果、特別会計が組まれ、それぞれの宮に負担が掛からないように処理された。半壊した巨蟹宮も、デスマスク自身の費用負担なしに修復されただろう。」
「はい、特にこれといった負担はありませんでした。」
「それがだ。シュラは持ち前の生真面目さで、それを断ったんだよ。『あれは戦いの中での成り行きで出来てしまった損害ではない。自分が作為的に作ったものだ。だから、自分が費用を負担するのが正当だ。』とか言ってね。で、掛かった工事費用については、何年掛かろうとも返済する言って聞かなかった。全く、彼らしい話だろう。」


特に被害が大きかった巨蟹宮、獅子宮、処女宮のどの宮も、全て宮主の負担なしに修復する事を上層部が決定した。
デスマスク様は当たり前にその決定に従い、私が彼の宮の女官として戻った時には、もう完全に元の巨蟹宮に戻っていた。
だから、宮が受けた損害の事など、すっかり忘れていたのだ。
デスマスク様だって、それを意識などした事もないに違いない。


「シュラ様は……、律儀な方なんですね。」
「そして、恐ろしく強情で頑固だよ。まぁ、それは昔からだけどね。」


それが彼の良いところでもあり、悪いところでもある。
肩を竦めながらアフロディーテ様が呟いた言葉に、私も心の中で頷いた。
普段は全くと言って良い程にこだわりがないのに、こうと決めたら、テコでも考えを曲げない、それがシュラ様だ。
その頑固さに私はいつも翻弄されて、でも、それも何だか楽しくも思えていた、この数日。


でも、今回ばかりは……。
今回ばかりは、ただ従うばかりではいけないと、少しだけ悲しそうな表情をして紅茶を口に運ぶアフロディーテ様を見つめながら、私は思っていた。





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