7.三日目A



昼食を終えて、再び修練場へと戻っていったシュラ様を、私は先程と同じように塀に寄り掛かって眺めていた。
先程は少年達の組み手を見ているだけで、自らは動いていなかったシュラ様。
そんな彼の戦う姿というか、それが例え修練であっても聖闘士としての力を発揮する瞬間を見てみたくて。
だって、こんな機会でもない限り、シュラ様が戦っている姿を見れる事など、なかなかない。
だが、そんな私の期待を余所に、修練場の真ん中に集まったシュラ様も、彼を囲む少年達も、何ら動く気配はなかった。


どうやら食後直ぐのハードな運動は良くないと、暫くは体術の講義を行うつもりらしい。
埃塗れの地面に座った少年達を前に、シュラ様はパンチを撃つ時の腕の角度とかスピードだとかを、自らの動きで示しながら彼等に教えている。
期待してるような修練は、さっぱり開始されないのだと理解して、私は諦めて帰路に着いた。


手にしたバスケットは、食べ物が沢山詰まっていた往路よりも格段に軽かった。
が、軽くなった分だけ、帰りは辛い辛い上り階段だ。
息を切らして十二宮の階段を磨羯宮まで上っていくが、途中、流石に疲れ果てて、巨蟹宮で足を止めた。


デスマスク様、どうしているかしら?
まだ、巨蟹宮を出てから数日しか経っていないが、シュラ様との濃厚過ぎる毎日のせいか、大昔の事のように思える。
私がいなくなって不都合でも起きてないだろうか?
何か分からないことでもあるんじゃないだろうか?
そんな事をついつい思い、挨拶くらいはしていくべきだろうと、プライベートルームへと足を伸ばした。


挨拶ついでに、お茶の一杯でも頂いて、ちょっとだけ休憩させてもらえないかしら。
などと、都合の良い事を考えながら、慣れた宮を奥へと進んでいく私。
プライベートルームのドアをノックしても返事はなかったが、鍵は閉まっていなかったので、どうせデスマスク様の事だから、またソファーの上で昼寝でもしているのだろうと、勝手に中へと足を踏み入れた。


「……だって?」
「あぁ……、だよ。」


リビングに入ろうとしたところで、中から声が聞こえてきた。
この声は、デスマスク様とアフロディーテ様だ。
いつもなら気にしないで入っていくのだが、何故かこの時は足が止まって動かなくなって、その場で立ち尽くしていた。
どうしてそうなってしまったのかは、まるで分からないのだけれども。


「で、どうよ? アイツ、もう飛ばしてンじゃねぇの?」
「いや、それがな……。どうにも普段通りらしくて。私も驚いたんだが……。彼は性急に事を進める気はないようだよ。」
「ったく、シュラらしいっつーか、なんつーか……。」


え、シュラ様の話題だわ。
一体、何の事を言っているんだろう、このお二人は?


「折角、この俺が気を利かせてやったってのに。とっとと告白するでも、押し倒すでもしちまえば良いものを。」
「そうしないのがシュラなんだろうね。まぁ、相手も相当なニブさを誇っているから、徐々に徐々にエンジンを掛けていくつもりなのかもしれないよ。ま、好きである事には変わりないんだから、そのうち行動に移すさ。」


クスクスと笑うアフロディーテ様の楽しそうな声と、「あー!」と奇声を上げるデスマスク様の苛立った声が響く。
告白?
好き?
え、これってもしかして……、シュラ様に好きな人がいるって話?


思い至った瞬間、胸の奥に重い衝撃が走る。
冷たい手で心臓を鷲掴みにされたような、全身の血が一気に足元へと落ちていくような、おかしな感覚。
上り階段で上がっていた呼吸は、もう整った筈なのに、妙に息苦しさを感じて、私は薄く開いた唇から大きく息を吸い込んだ。





- 1/5 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -