「……アンヌ。俺に用か?」
「デスマスク様……。」


吸い終えた煙草を携帯灰皿へと押し込みながら、お二人に近寄りつつある私に視線を向けたデスマスク様。
シュラ様の身体越しに、片眉を上げて私を見遣る視線には、私がただ後を追ってきただけではないと理解しているが故の鋭さが見えていた。
ベンチに腰掛ける姿勢はだらしなく、大股開きで酷くやる気ない雰囲気を醸し出していながらも、誰よりも人の心を見透かす紅い瞳だけは、真っ直ぐに私へと突き刺さってくる。


「えっと、あの……。」
「何? シュラが居ると言えねぇって?」
「……俺か?」


言い澱んでいると、すかさずフォローの手が入る。
デスマスク様がチラと視線を送れば、小さな溜息と共にスッと身体を引くシュラ様。
私とは視線を合わせただけで、特に何も聞かずに、その場から姿を消す。
自分が居ては言えない事、つまりは歩美さんに係わる話だと理解してのシュラ様の対応だった。


「……で、何よ?」
「デスマスク様は、日本語を読めますよね?」
「日本語ぉ? ま、大体は読めるな。」
「では、これを見てください。」


私が差し出したのは、歩美さんの部屋で発見した彼女の日記。
申し訳ないとは思いながらも、持ち出してきていたのだ。
これが何かの鍵、ヒントになればと思っての事だった。


「日記ねぇ……。」
「歩美さんは何も気が付いていなかったのでしょうか? 自分の中に、あんな鬼神が潜んでいる事に。もしかして、この日記の中に何か予兆のようなものが書かれているかもしれないと、そう思って……。」
「そりゃ、どうかねぇ。」


元より懐疑的なデスマスク様は、その可能性が薄い事を分かっていて、あまり良い返事はしなかった。
だが、渡した日記のページをパラパラと捲り、中身に目を通していく。
しかし、パタリと直ぐに閉じてしまうと、私に日記を突き返した。


「デスマスク様?」
「そりゃ、日記っつーより、愛の告白文みたいなモンだな。」


デスマスク様が掻い摘んで教えてくれた日記の内容といえば、こうだ。
今日もアイオリア様と喧嘩をしてしまった、とか。
言いたい事は言えずに、言いたくもない事ばかりをぶつけてしまった、とか。
彼のために何かして上げたいのに、何も出来ない事が歯痒い、とか。
後は、その日のアイオリア様の様子をツラツラと書き連ねているばかり。
言葉に、態度に出して言えない事を、日記上に書く事で、胸の内に溜まった想いを吐き出している、そんな感じだ。


「では、持ち出す意味などなかったのですね。後でコッソリと戻してきます。」
「いや、そうでもねぇぞ。あのバケモンに対しては意味なかったかもしンねぇが、多分、後々に役立つンじゃねぇか。」
「後々って、どういう事ですか?」
「アイツ等、二人揃って素直じゃねぇっつーか、なぁ。アイオリアに至っては、頑なに意地張ってるみてぇだし。もし、無事に女を助け出せたとして、それで、その後のアイツ等が上手くいくとは思えねぇンだわ。」


この事件の結末がどうなるか、まだ分からない。
だが、もし、何もかもが上手く運んで、歩美さんを無事に救出する事が出来たとして、それで二人の仲が進展するとは限らない。
寧ろ、今のまま意地の張り合いが続き、二人の関係は何も変わらないかもしれない。
それが本人達の本意ではないとしても。


「そンな時、その日記が役立つかもな。だから、オマエが預かっておけばイイんじゃね。」
「私が……。」


返された日記を胸へと押し付けられる。
噛み合わない歯車、それがアイオリア様と歩美さんの関係なら、その歯車を正常に噛み合わせる役目を、この日記が果たすかもしれない。
そう思いながら、私は歩美さんの日記を胸に強く抱いた。





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