目が覚めたのは、扉の向こうから聞こえてきたバタバタと駆ける足音のためだった。
たった一つ、それほど大きくはない足音だったけれど、早朝の静かな教皇宮では、殊更、騒々しい音として響いてくる。
特徴のある歩き方だ、この足音は耳に聞き慣れている。
六年もの間、ほぼ毎日、聞いてきたのだから。


「……っ?! デスマスク様?!」


その足音が誰のものであるのか思い至り、私は慌てて飛び起きた。
待ち侘びた人が戻ってきた事を知り、狭いソファーの上に横たえていた身を無理に起こす。
無理な体勢にギシギシと痛んだ身体が、一瞬だけ悲鳴を上げそうになったが、グッと堪えて口を噤んだ。


「起きたか、アンヌ?」
「シュラ様……。」


シュラ様は私よりも早くに目を覚まし、既に扉の前で待機していた。
狭い場所での睡眠で寝乱れた筈の衣服も、既にキチッと整えられいる。
私のような一般人とは違い、今日のような神経を張ったままの浅い眠りにも十分に耐えられる精神力、そして体力を持つ聖闘士だからこそ、デスマスク様が教皇宮に入る前から、その小宇宙の気配によって、彼の帰還を感じ取っていたのだろう。


「眠れたか、アンヌ? 身体は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。あの、シュラ様は? このような狭いソファーで、ちゃんと休息出来ましたか?」
「問題ない。これだけ休めれば十分だ。」


確かに、執務室のデスクに突っ伏しての睡眠や、堅い床に座ったままで眠る事に比べれば、多少は狭くてもソファーの上で休めたのは、身体の負担が少なかっただろう。
それでなくても、隣の部屋は人の数が多く、ちょっとした身動ぎや呼吸、いわゆる人の気配に邪魔されて苛立ち、休もうと思っても休めないと思える。
他の人の事を気にせずに眠れたというのは、随分と大きかったに違いない。


ソファーから立ち上がった私は、皺の寄った衣服を軽く整え、扉の横に居るシュラ様の傍へと駆け寄った。
彼はチラリと私の顔を見て、直ぐに扉の方へ向き直ったが、またパッと私を振り返り見る。


「どうかしましたか、シュラ様?」
「あぁ、少し止まれ。動くな。」
「??」


身体ごと完全に私の方へ向きを変えると、シュラ様はスッと手を伸ばしてくる。
その手は真っ直ぐに私の髪へと触れ、何だか擽ったい感覚が頭全体に走って、私は少しだけ身体を竦めた。
目と鼻の先にある、シュラ様の逞しい胸元。
一晩、ココで過ごしたために、少しだけ汗の臭いが漂ってくるような気がした。


「動いて良いぞ、終わった。」
「あの……。」
「髪が乱れていた。男の俺なら問題ないが、女のお前は、流石に気になるだろう。」
「あ、ありがとう、ございます?」
「何故、疑問系だ? おかしなヤツだな。」


クスッと一瞬だけ小さな笑みを浮かべ、シュラ様がクルリと背を向けて、目の前の扉を開けた。
シュラ様の無口な背中に導かれるように、後に続いて部屋を出る。
その背を見上げる視界がチカチカと眩しいのは、多分、薄らと明け始めた朝の光のせいでも、教皇宮の壁の白さのせいでもない。
今では、もう見慣れた筈の彼の笑顔に、心臓がドキドキと音を立てて鳴り出したから。
不思議と、実際に触れられていた時よりも、触れられた感触を思い出した今の方が、頭皮全体にこそばゆい感触が広がって、身体の内側がゾクリと震える気がした。





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