新しい紅茶の袋は、確かシンクの上に備え付けられた棚の中にあった筈。
少し前、アテネ市街に買い物へ行った時、多めに買い置きしておいたのだが、置き場がないからと、上の棚へと仕舞ったのよね。
あそこじゃ、私の身長では届かない。
仕方なくダイニングから椅子を一脚、キッチンへと運び入れていたところ、ガタガタという、その音を聞き付けたのだろう。
シュラ様が怪訝な顔をして様子を見に現れた。


「何をしている。そんな重い椅子など運んで。」
「あの、紅茶の茶葉を切らしてしまって。それで、ストックが手の届かないところにあるものですから……。」


どうにも今日のシュラ様は、私の行動を見張っているかのように感じて、受け答えがしどろもどろになってしまう。
先程は、私がシュラ様の仕事振りを監視していると言っていたけど、シュラ様だって私のする事なす事、何から何まで監視しているわ。
私がこっそり仕事をしてやしないかと、無理に身体を動かしてはいないかと目を光らせている。


「何故、俺を呼ばない? そんな重い椅子を運ぶより、俺に頼んだ方が早いだろう。」
「そんな、宮主であるシュラ様のお手を煩わせる訳には……。」


そう言い終わる前に、シュラ様が大きな溜息を吐く。
気を遣うなと言いたいのだろうか?
でも、シュラ様の積もり積もったこれまでのイメージのせいで、このような些細な頼み事には「面倒臭い。」と返されそうな気がしたのだから、それは仕方がないというもの。


「ココか?」
「あ、はい。その奥の方です。」


シュラ様が少し背伸びをして手を伸ばす。
軽くシンクの上の棚の取っ手に届いてしまう長身と、苦労なく中に手を滑らせる仕草に、ついつい見惚れてしまうのは、自分でもどうしようもなかった。
やっぱりシュラ様は格好良い。
料理している姿だけじゃなく、こうした何気ない仕草のひとつひとつが全てスマートで自然で、ドキッとする程に素敵だ。


しかし、背の高いシュラ様といえど、天井に近い棚の中は良く見えなかったようだ。
シュラ様に見惚れていたために、私自身も、うっかり大事な事を言い忘れてしまっていたせいもあるけど。


「うわっ?!」
「あっ! シュラ様っ?!」


――ガタン!
――バラバラバラ……。


良く内側が見えない中で、手を左右に動かしたのがいけなかったのだろう。
手前に置いてあった瓶が倒れ、その中身が避けきれない勢いで、シュラ様に向かってバラバラと降り注ぐ。
それは更に運悪く、この宮に移ってきて間もなく、その棚の中へと片付けてしまったインスタント・コーヒーの瓶だった。


シュラ様も、私も、コーヒーは口にしない。
それは多分、客用――、デスマスク様がこの宮を訪れた時に勝手に淹れて、勝手に飲んでいたものだろう。
だが、それも今では、私がちゃんと紅茶を淹れて出しているので、使われなくなってしまった。
そのため、こうして棚の中へと押し遣られていたのだが……。


「す、すみません、シュラ様っ! 私が言わなかったばかりに……。」
「いや、怪我をするようなものでもないし、大丈夫だ。シャワーを浴びれば問題ない。」


シュラ様が浴室へと向かった後、私はキッチンの床を掃除しながら小さく溜息を吐いた。
何だか今日は、何もかもが空回りしている気がしてならない。
そして、そのせいで益々シュラ様に嫌われてしまったのではないかと、ズルズルと暗い方へ凹んでいく心の中を抑える事が出来なかった。





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