「でも……、シュラ様……。」
「気にするな。今は無理に動かない方が良いからな。それに、ココの方が何かと動き易い。」


動き易い……、それは『シュラ様が』という事だろう。
私が使っている部屋は、廊下を出て直ぐにあるシュラ様の部屋から、客用寝室を挟んで、三つ奥、廊下の突き当たりにある。
つまり何処へ行くにも遠いのだ。
シュラ様のお部屋からの方が、リビングもキッチンもプライベートルームの入口も、全てが近い場所にある。


私は未だ虚ろなままの瞳で、シュラ様の顔を見上げた。
ジッと私を見下ろしているその顔は、相変わらずの無表情でいながら、心配気な色が漆黒の瞳に浮んでいるのが見て取れた。


「そんなに申し訳なさそうな顔をするな。いつも俺がアンヌの世話になっているのだ、たまには逆も良いだろう。」


良い訳ない。
私がシュラ様のお世話をしているのは、それが仕事だから、お給料を頂いているのだから当たり前の事。
なのに、その私がシュラ様の手を煩わせている、その事実が女官としてのプライドの上に、重い石となって積み上がって、押し潰されそうな気がするのだ。
そんな私の胸の内を読み取ったのか、シュラ様は「はぁ。」と軽い溜息を吐いてみせた。


「良いから、今は休め。」


その言葉と同時に、ポスッと額に乗せられたのは冷たいタオル。
ヒヤリとした感触が、まだ高い体温には心地良い。


「起き上がれそうか、アンヌ?」
「起き上がるくらいなら…、何とか……。」
「食欲は?」


言われて気付く。
倒れたのはお昼前だから、今朝からずっと何も食べていない。
そう思った途端、胃の中が空っぽである事が急に意識されて、何だかお腹が減っている様な気がしてきた。


「……少しだけ、なら。」
「そうか。なら、ちょっと待っていろ。」


ベッドの横に椅子を置いて座っていたシュラ様は、スッと立ち上がると、そのまま部屋から姿を消した。
彼が出て行ったドアの方を見つめ、私は深い溜息を吐く。
心配してくれるのは嬉しい。
でも、自分の短慮が原因で倒れたのだから、いっそ私の部屋に運んで、その後は放置、という態度でも取ってくれた方が幾分か楽だ。
シュラ様に迷惑を掛けている、そう思うだけで心苦しさでいっぱいになるのだもの。


「待たせたな。」


戻って来たシュラ様が手にしていたトレーの上には、丸いボウル形の小さな器が乗っていた。
そこから、フワリと食欲をそそる良い香りがしてくる。
シュラ様の手を借りてベッドの上に置き上がった私は、渡されたその器の中身を見て、更に食欲を煽られた。





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