まちぶせ



定時より一時間の残業を終えて、私はパンパンに張った肩に顔を顰めつつ足早に廊下を歩いていた。
こんな雨の日に残業だなんて最悪だ。
傘を借りようにも女官仲間の皆は、もう帰ってしまっているし。
これは濡れて帰るしかないのかな、なんて諦め半分で溜息を吐き、教皇宮の出入り口に差し掛かった。


その時――。


「遅かったな、彩香。」
「シュラ?!」


大降りの雨に気を取られて全く気付かなかった、隅の柱に寄り掛かっていたシュラの事に。
もしかして私が残業していた一時間、ずっとココで待っていたのかしら?


「待ちくたびれて、柱と同化してしまうかと思ったぞ。」
「え? だって、シュラが待っているなんて、知らなかったから……。」


どうして? と首を傾げて訴えれば、フッと小さな笑みを漏らして俯く。
このちょっと照れたように抑えた笑い方が好きだ。
シュラらしい笑い方だからでもあり、それはいつもの無表情から僅かに感情が垣間見える瞬間でもあり。
私はいつもドキリとさせられる。


「この前、約束しただろ? 彩香の誕生日は二人で一緒に過ごそうと。」
「え? でも……。」


私の誕生日は今日じゃない、明日だ。
まさかシュラがそんな間違いをするとは思えないけど、でも、間違って覚えていたのかしら?


「間違ってはいないさ。彩香の誕生日は明日。今日はまだ前日だ。違うか?」
「うん、そうだけど……。」


だったら、何故?
そう思った事が素直に顔に出ていたらしく、シュラは再びフッと小さな笑みを零して、その大きな手の平で私の頬を包んだ。


シュラの手は熱いくらいに温かい。
そう心の奥でぼんやりと思いながら、彼を見上げた。
戦いともなれば、その手は『聖剣』となり沢山の敵を薙ぎ倒す。
だから、シュラの手はいつも冷たそうな印象があるのに、実際、彼の手は驚く程に熱い。


「どうした、彩香?」
「ん、シュラの手は相変わらず熱いなと思って。」
「そうか?」


手の温度なんて他人と比べた事もないのだろう、きっと。
だから、その自覚もないのね。
私は頬に触れるシュラの手に、そっと自分の手を重ねた。


「ほらね? 私と比べても熱いでしょ、シュラの手。」
「……分からん。」


一瞬だけ考え込んだ風に眉を寄せ、だけど、直ぐに考えるのを止めてしまったようで。
シュラは頬に触れていた手を翻すと、その手で重ねられていた私の手を掴んだ。
そのまま手を引き寄せ、手の甲へと唇を寄せるシュラ。
その流れるような慣れた仕草に、私の心はまたドキリと跳ね上がる。





- 1/2 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -