そっと夜に沈んで



初夏の蒸暑い夜、その夕食後の事。
磨羯宮のリビングの真ん中、シュラらしい彼好みの黒くシンプルなソファーの上に、膝を立てて座っていた私は、この季節にはちょっと不釣合いな温かなココアの入ったマグカップを手に持ったまま、ぼんやりと座っていた。
週末のためだろうか、少し疲れていたのかもしれない。
何も考えずに、ただボーッとしていたら、シュラに怪訝な顔をされた。


「何を固まっている、彩香?」
「あ……。」


正直、シュラがいつリビングに入ってきて、いつ私の横に座ったのか、それすらも気付かなかったくらいだ。
ノロノロと顔を横に向けてシュラの方を見ると、彼はその端整な顔を心配そうに曇らせていた。


「どうした?」
「ごめん……。今日はちょっと疲れてるみたい。」
「忙しかったのか、仕事?」
「うん、多少ね。」


私のその返事に、シュラは軽く片眉を上げた。
それは、心の中に何らかのわだかまりがある時に見せる、彼の癖。
そう言えば、つい先日も、シュラは私の仕事の忙しさに閉口していたっけ。
口に出してハッキリとは言わないが、私に仕事を続けて欲しくないと、彼が思っているのは明らかだった。


「そんなに、無理する必要もないだろうに。」


コトッと小さく音がして、その小さな音にハッとする。
それはシュラが手にしていたカップを、ガラステーブルに乗せた音だった。
そして、彼は私の手からもカップを奪い、それも同じようにテーブルの上に置く。


「彩香には、そんな疲れた顔は似合わない……、だろ?」
「シュラ?」


いつの間にか、ぼんやりしていて気付かなかった、その隙に、私の背後へと回っていたシュラの長い腕。
その腕が、支えるように優しく私の肩を抱き寄せていた。
肩に触れる大きな手の感触、ジワリジワリと伝わってくる体温が、妙に生々しく感じられる。
シュラは反対の手を伸ばし、『く』の字に折り曲げた長くしなやかな人差し指で、私の頬をスッとなぞった。
刹那、ゾクリと艶かしい震えが、私の体内を走り抜ける。


「彩香の疲れた顔など、出来れば見たくない。」
「じゃあ、どんな顔なら良いの?」
「そうだな……。」


本当は聞き返さなくても分かっているのに。
シュラの唇が、その言葉を刻む瞬間がどうしても見たくなって。
私は彼の顔を至近距離から見上げながら、ただ黙って答えを待つ。
期待通りの熱い視線を、その切れ長の瞳から送られれば、私はその場で溶けてなくなってしまうような気さえした。





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