0803「はっぴばあすでー、竜の旦那」
部屋に入った途端、居るはずのない存在に無感動に言われて、政宗は苦り切ったとしか言い様の無い顔をした。
「なんだ、腹立たしい顔しやがって」
「色気が無い」
言って、大きく溜息を吐いて部屋の主は上座ではなく佐助の正面に座った。
「何を求めてるのか理解できない。」
「言い直せ、once more」
「はっぴばあすでー竜の旦あがっ」
途中で鼻を抓まれて佐助の語尾が変になったが政宗は平然として言う。
「名前で言えよ」
「やだよ」
政宗の手を払い退け、鼻を押さえながら答えた佐助を独眼で睨む。
「言えよ」
「嫌だっての」
「いいから」
「何が」
「言え。俺の祝だろうが」
語気が荒くなってきた事に気付き、殴られるかもと思った佐助は諦めて大きく溜息を吐いた。
「………はっぴばあすでー………まさむね」
「それは湯呑みだ、こっち見ろ猿」
俯いて部屋の隅に置かれていた湯呑みを横目で見ながら言った佐助の肩を掴んで上向かせると、うんざりした視線で政宗を見た。
「猿言うな左目」
「なんだと?」
「なんだよ」
互いに険悪な空気を醸し出しながら睨み合うが、あっさりと佐助が先に引いて溜息を吐いた。
「何をしろって?」
「だから名前呼べって」
呆れた声で言う政宗に、佐助は肩を竦めて困ったように笑う。
「人には出来る事と出来ない事があるから」
「伊達に降れ」
「耳聞こえてますかー?」
「真田幸村の首取って来い」
「おうち帰る」
言って立ち上がった佐助の腕を掴み、政宗は力任せに引き寄せる。
後ろ向きに引き倒されて政宗の腕に抱えられる形になったが、佐助は抗いもせず息を吐いた。
「だから、出来る範囲で」
「てめぇに能が無ぇんだよ」
「だってさー」
身を起こしながら言う佐助を、政宗は逃がすまいとその首に腕を回して引き寄せる。
「敵の大将の祝事を喜べってのが土台無理なんだよね」
「狭量な」
詰らなそうに言い、佐助の肩に顔を埋めて囁いた。
「で、何をしてくれるんだ?」
「させてあげようって話でしょ」
然も有り難がるのが当然のように偉そうに佐助が言い、政宗は口の端を吊り上げた。佐助と額を擦り合わせ唇が触れない距離で囁く。
「普段と何が違うんだよ」
「…心意気?」
小首を傾げながら言う佐助に政宗は、下らねぇ、と嘆息した。
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