もしかして記憶喪失?

「「「記憶喪失ぅ〜?」」」

顔を並べて声を揃えて言う男達に、チョッパーは言う。

「何も覚えてないみたいなんだ」

ちらり、と医者に気遣わしげに見られた当人は、よくはわからないけれども愛想笑いは完璧だった。

「おれたちのことも航海術もみんな忘れちまったのか?どうすんだよ……いやいや大丈夫だぞナミ!このキャプテン・ウソップに任せておけば間違いはないからな!」
「キャプテンなの?」
「何にも心配いりませんよナミさん!おれが貴女の運命の相手だとすぐに思い出させてあげるからね〜!」
「え?ええ…!?」
「何にも覚えてないのかナミ!すっげぇな〜っ、おもしれぇな!」
「何がおもしろいのよっ」
「オイオイオイ!今週のおれ以上にスーパーなことになってんなァ!?」
「キャー変態!!」
「落ち着いて航海士さん。ほら、貴女の好きな蜜柑ゼリーよ」
「私…ゼリー好きだったの?」
「いいえ?」
「なんなのよ!」

医者以外、嘘か冗談か揶揄しか言わない仲間たちにまともな人はいないのかと地団駄を踏んで声を張り上げるナミを、チョッパーは安静だぞ!と押し止める。

「ナミ、みかんが好きなのも忘れちゃったのか?」
「…そうなの?」

つぶらな瞳で見上げられ、ナミはロビンから差し出されたゼリーをひとくち頬張ってみた。おいしいのだろうけれど周囲の視線が痛くて味どころではない。

「みかん好きじゃなくなったのかナミ?」
「じゃあナミのみかん食っていいか?」
「今のナミさんが好きなものって何ですか?」

ナミの反応の薄さに、嘘キャプテンが首を傾げ、麦藁の少年は目を輝かせ、咥え煙草の青年は伺う様に訊ねる。

「好きなもの……ん〜…ゾロ?」
「ッ!」

同じ部屋にはいたが会話に参加していなかった男は突然の指名に開けたばかりのアルコールを噴いた。

「なんであんなマリモ野郎ォォ!!?」
「だって」

泣き面のサンジに誤魔化すようにスプーンを口に咥えてナミははにかむ。

「お姫様抱っこされて、ものすごく心配そうな顔で見つめられたら、ね?」

舌打ちするゾロに、ロビンは片頬に手を当てて悠然と微笑み、ゾロに掴み掛かろうとするサンジを取り押さえながらフランキーはほうほうと頷く。

「あらあら」
「やる時はやってんだなおまえ」
「当然だろ」

照れも怒りもせずにゾロは憮然とした顔で応えた。

「階段から落ちただけで死ぬ人間だっているんだ」

ゾロが見つけた時、ナミは不自然に物が散乱した中で倒れていて呼び掛けても反応すらしなかった。どんな状況だったのか知らないが、無事だという保証なんかない。だから急いで抱えてチョッパーに診せに行ったのだ。反応はなかったがその時に意識はあったという事だろう。

「怪我は医者に任せるもんだろ」
「嘘だろ!」
「まともなこと言ってる…!」

ゴムと鼻が信じられないものを見る目をしていたが、トナカイは剣士の足下で跳ねながら訴える。

「なら自分の怪我の手当てもちゃんとしろよ!」
「おれはいいんだよ」
「あ、ダメだ」
「ああ。ダメだな」

鼻とゴムはよかったよかったと安堵しあい、怪我したら安静なんだぞ!と叱る船医を宥め透かした剣士はじゃあ大人しく寝てるよとアクアリウムから出て行こうと廊下に出る。

「どうしたの?航海士さん」

ロビンの見ている前で、ナミは食べていたゼリーを慌てて口に押し込むとご馳走さま、と挨拶をしてゾロの腹巻きを掴んでその後について行く。

「なんだ!? 放せ!」
「あんな知らない人達の中に置いてかれたら私泣いちゃうわ!」
「嘘吐け!全員仲間だろうが!怪我人はチョッパーといろよ」
「わかった」

常時傷だらけの剣士の言葉にナミは頷くと、呆然とそのやりとりを眺めていた仲間たちからチョッパーだけを両手に抱えてゾロの後ろに戻った。

「なるほど。ってアホか!ついて来んな!」
「私の前にゾロがいるだけよ」
「お、下ろせ〜っ」

ぎゃいぎゃい言い合いながら二人とさらわれた一匹はその場から去って行く。
我に帰ったサンジがナミさんに手荒な事をするんじゃあるまいなマリモ野郎めと鼻息荒く追いついた時には、甲板の芝生で川の字で眠る三人を見つけて膝を突いた。

「ナミすゎ〜ん…」
「寝て起きたら治ってたりしてな」

そう言ってウソップは涙で水溜まりを作るサンジの肩を叩いた。



よく寝た、とすっきりした顔の三人がキッチンに現れた夕食時、サンジはナミをテーブルまでエスコートして大仰に両腕を拡げて言う。

「今日の献立はナミさんの好きなものばかり揃えてみました!」
「そうなの?ありがとう、サンジ…君?」

きれいに微笑むナミにサンジはくねくねしていたが、

「オウ小娘、この中で一番好きなものは?」
「ゾロ!」

コーラ片手に問うフランキーにワインを掲げて即答したナミの笑顔に折れていた。
面倒くさそうにため息を吐くゾロの隣に座ったチョッパーはその顔を見上げて言う。

「ゾロ、また一緒に風呂入っていいか?」
「おう。後でな」
「私も一緒に入るー」
「おう…って、ふざけんな頭沸いてんのかてめェ!?」

チョッパーからの流れで思わず頷いたゾロに怒鳴られてナミは目を丸くする。

「…嫌なの?」
「当たり前だ!なに企んでんだ!?」
「もっと親密になりたいな〜っていう心遣いじゃない」
「そんな気遣いはいらねェし、風呂ってお前な、親密とかいう程度で済むと思…」

平常時ならここで鉄拳に見舞われるのだが、怒声の一つも来ないと怪訝に思ったゾロの前で、ナミは頬を染めて胸の前で指を突き合わせながらもじもじしていた。

「気色悪い!」

蒼白になって絶叫したゾロをルフィが変な顔と指差して笑う。

「ナミちゃん、私と入りましょう。怪我もしているし、背中流してあげるわ」

ね、とロビンに宥められてナミは渋々といった様子で頷いた、数時間後、

「いやぁぁ〜!! 手!手が!! 怖!! キャー!…目!?」

ナミの悲鳴が響いていた。



「おい…いい加減部屋戻れ」
「照れなくてもいいのにー」
「お前が羞じらいを持て」

展望室で見張りをするゾロの傍らに座ってナミは窓から外を眺めていた。

「真っ黒ね。何も見えないわー」
「だから航海士が要るんだろ」

記憶を失ったナミは指針の読み方すら知らなかった。昼の間は順風だったし取り立てて騒動も無かったから走行を続けたが、夜は流石に危険だと年長者が口を揃えたので錨を下ろす事になって、船は停泊していた。

「でも…何も思い出せないし、何もわかんないんだもの」

ナミは暗い海を見つめたまま力無い声で言う。

「ずっとこのままだったら…どうしたらいい…?」
「船を降りろ」

ナミの独り言のような問いにゾロが答えると、びくりとナミの肩が大きく揺れた。

「お前は航海士で、仲間だから乗ってんだ。何もしない奴が船にいても意味無いだろ」
「…っ」

固まって振り向かないナミにゾロは息を吐いて続ける。

「出来る事をしろ」
「…思い出せなくても…?」

言いながらナミはゆっくりとゾロに振り向いた。

「お前はお前だろ」

以前出来た事が出来なくなる道理も無い。本人の努力次第だろう。それに、航海士でなくなったからと今更ルフィがナミを仲間から外すとも思えない。

「うん……おやすみ!」

腕を組んで言いきったゾロにナミは嬉しそうに笑うと、ソファから立った。
梯子に手を掛けようとした瞬間、下からサンジが顔を覗かせる。

「おいマリモ、夜食の差し入れだすん!!」
「きゃん!」

かなりいい音がして、ゾロが見てる間にナミは床についた足を軸に扇の様な弧を描いて床に倒れた。
梯子から落ちそうになったサンジもなんとか堪えてしがみついている。

「ナ、ナミさ…!大丈夫…!?」

涙目でサンジは頭をぶつけた相手を見つけ、痛みに歯を食いしばって耐えていた。
ゾロは倒れたナミの横に膝を突いて、呼吸を確かめてから肩を支えて上体を起こしてやる。髪を掻き分けて額が切れていないか見てから、後頭部に手をやるとナミが顔をしかめたので瘤になってるなと思った。

「ナミ、おい」
「……ッ、痛っ〜い!なにすんのよこの馬鹿力!」

ゾロが声をかけると、ナミは目を開け、いきなりゾロの顔を殴った。

「ってェな!なんだいきなり!?」
「痛いのはこっちよ!…あれ?ゾロ?」

何してんのとナミは頭を抱えながらゾロを見た。額を押さえながらサンジは床を這ってナミの傍までにじり寄る。

「ナミさん怪我はない?平気かい?」
「サンジくん?…あれ?ここどこ?」
「ナミさん!? また忘れちゃったの!?」
「な、何が…?ちょっと…やめ…や…」

なんてことだーとナミの肩を掴み前後に揺すって嘆くサンジの顔面に、ナミは拳を見舞う。

「やめなさい!なんなのよ!?」
「…元に戻ったのか?」
「だから何が!?」

あーと呻いて頭を掻いて、ゾロはナミを見た。

「…お前の好きなものは?」
「お金とみかん!…って何よ急に」

拳を握って答えてから、不思議そうな顔をするナミの前でゾロは深々と溜め息を吐いて、満足そうに笑った。

「それがお前だよな」

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2013/03/10 comment ( 0 )







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