彼が彼女で、以下略

「ナミさん!大丈夫かナミさん!」

――うるせェ。
エロコックが喚いている。
目を開けると気味が悪くなる程心配そうな表情をしたコックの顔が目の前に迫っていた。

「近ェ!なんのつもりだこのグル眉!」

思わず加減せずその顔を殴り飛ばしたが、変な声が出た気がした。

「痛い…!全身が痛い!! 何これ!?」

聞き覚えの無い声がすぐ隣から聞こえた。両腕で自分の身体を抱き締めるようにしていた男が顔を上げる。その顔は誰より見慣れているものだった。

「…おれ?」
「…鏡…?…じゃ、ない……」

おれの口が勝手に動き、自分に向かって手を振っている。
自分の体を見下ろせば男には有り得ない胸の脂肪があって、首が痒いと掻きながら腕を見れば見覚えのある刺青があった。

「……ああ、ナミか?」

なるほどコックが声を掛けてくる訳だ、と見るとウソップがおれに話しかけているのが見えた。

「ゾロ?どうしたんだ今さら…やっと神経通ったのか?」
「ゾロ!? …私ゾロなの!? やだ痛い!」
「気持ち悪い声を出すな」

痛がるおれの頭を軽く叩いてから、探す人物が側にいないのを確認して声を張り上げた。

「チョッパー!!」
「んん!? 何だ何だ!?」
「やめろよルフィ〜!みんなのおやつだろ〜!」

キッチンの扉から口の回りに食べカスを付けたルフィが顔を出し、その脇にしがみついてチョッパーも出て来た。

「チョッパー!」
「ナミもルフィ止めてくれ…ん?」
「どうしたんだ?おやつ全部食っちまうぞ?」
「…んん?」

今すぐキッチンに戻りたそうなルフィの横でチョッパーは青い鼻をひくつかせて首を傾げた。

「どうにかしろ、医者」
「…え〜?」

ルフィと自分の三人以外、その場にいた全員が怪訝な顔をしていた。


「二人が入れ替わったの?」

チョッパーの手当てついでにロビンが興味深そうにおれの身体を触りながら言う。船大工も今日のおやつを食べながら信じられないという顔だ。

「魂が入れ替わったとでも言うのか?そんなもんどうやってやるんだ」
「そこの骨に訊けよ」
「あ、失礼」

話を振った途端、音楽家は口から汚い音を吐き出した上に楊枝で歯を掃除し始めた。

「結局、原因は何なんだよ」

キッチンに立て籠もる様に出てこないコックが言うが、その場にいたのはウソップとルフィだ。

「おれに解るかよ〜!いきなりだぞ?」
「おやつに呼ばれたルフィさんが階段でナミさんにぶつかりまして、それを支えようとしたゾロさんと二人で階段から落ちて気を失ったのは見ましたよ」

頭を抱えたウソップに代わり状況を詳細に説明した骨は無い胸を張った。

「私見張りでしたから、ちゃんと見てました!」
「船の周りを見張りなさいよ!」

ナミが突っ込んだが、おれが女みたいな喋り方してるのは正直気持ち悪いだけだった。

「ナミ!じゃねェや、ゾロ!食わないのか?」

ルフィは人を呼んでおきながら目は皿に載ったパンケーキから一秒たりとも離れない。

「食いかけだぞ?」
「残り物には福があるからいいんだ!知らないのかゾロ?」
「…ナミみたいなこと言うな…」
「お前の方がナミみたいじゃねェか」

そういえば今の自分はナミの姿だった。巧い事言われた。

「ルフィのくせに」

フォークで刺したケーキをルフィの開いた口に突っ込む。咀嚼しながらうまいうまいと連呼する船長に苦笑し、さぞコックは自慢の腕に踏ん反り返っているだろうと見れば見た事も無い程顔が歪んでいた。

「おまっおまえ何してんだコラァーッ!!」
「ウフフ、仲良しね」
「ロビンちゃんもいつまでそんな傷だらけの筋肉達磨に触ってんのォォ」

何をそんな慌てる事があるかと思うが、ナミがルフィに恋人宜しく食べさせてやった図に見えるとウソップに言われてその事実に気がついた。
味覚が変わったナミが余ったケーキをチョッパーに与えていた事は問題では無いらしい。

間食を終えて、トレーニングしようにもナミの身体を鍛えても意味が無い。ならおれの身体のナミに鍛練させればいいかと言えば何でそんな事しなきゃいけないのと怒鳴られチョッパーには暫く入れ替わったままでいてくれた方が治療が早いと朗らかに言われた。
元に戻る方法を探そうとしているのはウソップとコックだけで後者は明らかにナミの事しか考えていないし、唯一希望の持てるロビンは怪奇現象を調査したいだけで解決は二の次のようだ。
残った馬鹿と変態と骨には端から期待はしていない。

「あんた足閉じなさいよ!」
「んぁ?」

目を開けるとロビンを従えて腰に手を当てながら女言葉で憤慨する自分が立っていた。

「…気色悪…」
「何がよ!中が丸見えでしょーが!隠せ!ちゃんと!」
「あぁ、……だからあいつさっきから微妙な顔してるのか」
「…さっきから不思議な顔だったわね」

ルフィとウソップと揃って遊んでいたブルックがさっきからずっと表現し難い顔で此方を見ていた。
言う前から見せられていてはいつものセリフが言えないんだろうな、と足を閉じながら眺めているとその輪を外れてウソップが駆けて来る。

「ナミ…いやゾロ、ナミゾロ?」
「どっちだよ」
「航海士の方だよ。船の進路を……ゾロに聞くのか…?」
「うわ!すごい不安になった今!」
「どういう意味だお前ら」
「…フフフ…」

押し殺した様な不吉な笑い声に見ればロビンが目に涙を浮かべて笑っていた。
笑われる事も釈然としないが笑うなら可笑しそうに笑えと思う。一緒に笑いながらナミがこれから見張りらしいウソップに向かって答えた。

「ロビンにも確認してもらったから大丈夫よ。針路はこのままで、たぶん順風」
「ゾロ〜一緒に釣りしようぜ〜」
「おれはこっちだ」

おれの体のナミに話しかけるルフィの額を小突き、ウソップから代わりに釣竿を受け取る。
ルフィは手すりの上で胡坐をかいて、体を揺らしながら拍手する様に両足を鳴らして言う。

「勝負しようぜゾロ!デカい方が勝ちな!」
「お前、そういう事は一匹でも釣り上げてから言えよ?」
「釣ったぞ!鮫!この前!」
「水槽を空にしてくれたヤツね」

船端の手すりに片肘をついてナミが言う。ぐうと黙るルフィの横でブルックは口笛を吹いていたがどうやってかは分らない。

「…私もしようかな」

海面を覗き込みながらナミが呟く。
ウソップの竿を押しつけて船縁に座り、横を叩くとナミは素直に隣に座って糸を垂らした。
そしてすぐに気付く。

「ルフィ暴れないでよ!魚が逃げる!」

だからルフィに釣りは無理なんだ。

『船の下に何か入ったぞ!』

突然、スピーカーから、わん、と耳障りな音を響かせながらウソップの声が鳴った。
身構えた瞬間、船体が大きく揺れる。
ルフィが身構え、投げ捨てた釣竿をブルックがすかさず拾い上げて次の動作を待つ。
自分も咄嗟に腰の刀に手を伸ばしたが、空を掴んだ。自分の体は今目の前で船の揺れに合わせて傾いている。
船の外に向かって。

「…っ」

腹巻きと刀の柄に両手を延ばして捕まえるが女の細腕では支え切れない。船端に片足を突いて体重をかけて引き寄せる。
刀を抜くつもりだったが諦めて、竿を掴んだ腕が邪魔にならないように捕らえて軽く捻る。寄り掛かってきた体を腕で支え、それも無理で肘で押し退けるが全体的に力が足りない。
倒れると思いながら、目の前に迫る自分の顔に舌打ちが出た。
――目を閉じたら身体が動かせなくなるだろうが馬鹿野郎。


船は一度大きく揺れただけで何も起こらない。

「何だったんだ?」
「…たぶん鯨じゃねェかァ?」

中二階からのコックの問いに船大工が答えて、船底を確かめに梯子を降りて行く。

「痛…っ」
「お、重いぃ〜!」

身体を起こすと下からナミの声がした。

「マリモてめェ!ナミさんの上から退きやがれ!」

床に座り直して抜き損ねた腰の刀を鞘に戻して、落ち着こうと頭を掻いた。
コックは鼻息荒く走って来たが見えない壁でもあるのか近くまで来て急停止して、どっちに声を掛けるか迷っているらしい。

「あれ?戻ったのか?」

頭の上からルフィの声が降って来る。気付いてナミが自分の体を見下ろした。

「も、戻ってる…!」
「ナミさ〜ん!よかったぁぁ〜!」

跪いて喜ぶ料理人を押し退けて、医者が触診しながらナミに問う。

「どうやったんだ?」

解らない、と首を捻るナミとチョッパーとついでにルフィを放置してその場を離れる。お鉢が回ってくる前に退散すべきだ。

「ゾロさん…」
「毟るぞ」
「私の目は節穴です!」

恐らく一部始終を見ただろう骨に鯉口を切って見せると、骨は頭の毛を押さえながら返した。

「あら、もう戻ってしまったの?」
「…悪いか」

残念、と呟いてロビンは背中越しに溜息を吐いてみせると閃いたように身を翻した。

「最初に入れ替わった時も船が揺れていた気がしたのだけれど、どうかしら」
「……そういえば…」

状況を思い返せばあの時確かに船は揺れていた。本来なら、ルフィがぶつかったぐらいで階段を落ちる程ナミは柔では無いし、自分だってナミ一人支え切れない筈が無かったのだ。

「そう……じゃあ、やっぱり…?」
「おい。何なんだよ」

呼び止めると一人納得して歩いて行くロビンが振り返って肩をすくめた。

「影を盗む能力があるくらいですもの。ブルックの存在で魂があると証明されたし、一定の状況下で魂が入れ替わるのは間違い無いと思って。その現象が起こる場合の縛りが、海域でないのなら船を揺らしたものがその能力者なのかしら」
「…何が言いたい?」
「そうでないなら」

笑って人差し指を立てると、声を出すなとばかりにひとの唇に押し立ててきた。

「いつも入れ替わってなくちゃ、おかしいでしょう」
「…待っ、おま…!」

何から問えばいいのか言葉に詰まる。その隙にロビンは不穏な笑いを遺して去って行った。
思わず手の甲で口を拭っていた事に気付いて気恥しくなる。

…本当に、油断ならねェ女だな。

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2013/03/10 comment ( 0 )







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