彼は今日から女の子?

「遅いな、ルフィたち…」

手すりから身を乗り出して呟いたチョッパーの頭を帽子の上から撫でてロビンは微笑んだ。

「心配?」
「うん…ちゃんと帰って来られるかな…」
「だからウソップも一緒に行かせたじゃない。大丈夫よ」
「…長鼻くん?」

島に入ると死んでしまうと怯えていた男を思い出し、ロビンは表情を変えずに不思議そうにナミを見た。

「…〜…」
「やっぱりあいつらには荷が重かったんじゃないですかね」

サンジが火の付いていない煙草を指に挟みながら言う。

「食べた人が食料確保するのが妥当でしょ」
「ぁぁぁ…」
「なにか言った?チョッパー」

振り返って問うナミにチョッパーは耳に蹄を当てながら首を振った。

「おれじゃないよ。…この声、ウソップだ」
「帰ってきたのかしら」
「あああああああ!」
「待てよウソップー!ゴムゴムのー、捕まえたー!」
「うおわぎゃべぶー!」

猛烈に走ってきたウソップに腕を延ばしたルフィが体当たりして二人はゴロゴロと暫く転がってから絡まったまま止まった。

「何をしてるのよ…」
「あれ?こんな所にメリーがいる」
「出迎えか?」

帰る手間が省けたな、と二人に遅れて現れたゾロが呟きナミは溜め息を吐いた。サンジは船縁から身を乗り出すようにしてルフィに声を掛ける。

「おいゴム猿。肉、は……」
「無ェ!この島、変な実しか食えねェぞ」

ルフィは答えながら、腕を延ばして船縁に飛び上がった。

「…ルフィ…?」
「おう!」

思わず尋ねたナミに麦藁帽子を被った少女が快活に笑う。

「腹が減ったから木になってた実を食ったら女になった」
「気付いてなかったくせに」

ルフィと自称する少女が船首のメリーの上に座って言うと、梯子を上って船端から顔を出したゾロが呟いた。

「…あんたまで…」
「…うるせェ」

心なし線の細くなったゾロを見てナミは呆れ、サンジは怒鳴った。

「お前らは勝手に拾い食いするな!」
「ウソップは食わなかったのか?」
「おれはな、初めから怪しいと思っていたからな」

海の戦士の勘が働いたんだと語るウソップにチョッパーは海の戦士ってすげェんだなーと目を輝かせて感動する。

「美味かったんだからいいじゃねェか」
「良くはねェだろ。確かに美味かったが」

ルフィが不服そうに唇を尖らせ、その横でゾロは手摺に寄り掛かり腕を組んで応えていた。

「けどあれっぽっちじゃ腹膨れねェよー」
「余計なところが膨れたしな」
「そうか!この肉食えんじゃねェか?」

自分の胸を鷲掴み言うルフィにゾロは呆れた声で返す。

「斬り落としてやってもいいが、死ぬんじゃねェか?」
「えー、死んだら食えねェ!じゃあゾロのを食おう」
「おれは殺る気かテメェ」

メリーから飛び下りてルフィはゾロの胸に手を伸ばす。

「あれ?ずりィぞゾロ、男のままか」
「お前と違ってデカくねェんだよ」
「……こんな少ない肉食えるか?」
「本気で食う気か」
「何してんのあんたは!」

ゾロの胸を揉みながら唸るルフィの頭を殴り飛ばしナミが顔を真っ赤にして怒鳴る。なにすんだよーと言いながらルフィは甲板から走り去った。
目の前のやかましさに眉間のしわを深くしたゾロの前に人陰が差す。

「…なんだエロコック」
「悪く思うな」
「あァ?」

腕を組んだまま睨むゾロの顔目掛けてサンジは突然蹴りを繰り出した。油断していたゾロはのけ反ってそれを避けると壁から生えた手に足を持ち上げられて身体ごと船から投げ出され、派手な水飛沫を上げて海に落ちる。

「何すんだこの眉毛!」
「悪魔の実ではないようね。私その実を調べに行きたいわ」

水面に顔を出し怒鳴るゾロを船の上から確認して、平然とロビンが言う。

「そんじゃもっ回行くか」
「そうか。島に入るなら、船のことはおれ様に任せろ!」
「あんたも行くのよ。ルフィとゾロが場所覚えてる訳ないんだから」
「お二人が行くなら勿論!おれが守らなければ!」
「じゃあ、ロビンはルフィとウソップとサンジくん連れて島に。私はチョッパーと留守番するから」

勝手に話を進めんなと思いながらずぶ濡れになったゾロが船に戻った時には、島に降りたロビンたちをナミとチョッパーが手を振って見送っていた。

「おまえらなァ…!」
「もう上がってきたの」

みんないないわよ、としらじらとナミに言われ、ゾロは濡れた靴を脱いで中の水を捨てた。

「くそ、刀まで濡れたじゃねェか…」
「ゾロ、一応診察させてくれよ」
「好きにしろ」

チョッパーが窺うように頼むとゾロは腰から刀を外しながら頷いた。チョッパーは急いで男部屋へと駆け込む。

「馬鹿ね。ちゃんと考えて行動しないからこんな目に合うのよ」

腰に手を置いて叱るような口調でナミに言われ、ゾロは甲板に胡座をかいてナミを睨んだ。

「食えるもの探せっつったのはおまえだろうが」
「食べても平気なものを探してきなさいよ!元に戻れなかったらどうする気なの!」
「別に、変わんねェだろ。女の体でも世界一の剣豪になってやるよ」
「あんたの頭にはそれしかないのか!」
「あァ?他に何があるってんだ」
「そんなの知らないわよ!」

言い捨てるとナミはゾロに背中を向けて会話を終わらせた。ゾロはその背中を睨めつけ声をかける。

「…なに怒ってんだ」
「怒ってないわよ別に」

ゾロの声に早口に答えるナミに、ゾロは眉間のシワを深くして再度問う。

「怒ってるだろ。何だよ?」
「うるさいわね!怒ってないって言ってるでしょ!」
「どうしたんだ?」

診療用の黒い革鞄を持って甲板に戻ってきたチョッパーは怒鳴り合う二人に問い掛ける。

「ナミがひとりで勝手に怒ってんだよ」
「勝手にって、あんたねェ!ひとが心配してやってるのに、どうでもいいみたいに」

ゾロが答えるとナミは更に声を荒げ、チョッパーは不思議そうにナミを見上げた。

「ナミ怒ってるのか?」
「違うって言ってるでしょ!!」

鬼の形相で怒鳴られてチョッパーが驚きと恐怖で直立に固まると、ゾロが宥めるようにチョッパーの背中を軽く叩いた。

「チョッパーにあたるなよ」

緊張の解けたチョッパーは頻りに瞬きをしながらゾロとナミを交互に見る。

「どっどうしたんだよナミ?何を怒ってるんだよ」
「ゾロがあんまりにも刀馬鹿だからよ!チョッパーだってゾロがずっとこのままだと困るでしょ!?」
「どうしておれが困るんだ?」

きょとんとした顔で言われてナミは思わず目を丸くする。

「困らないの!?」
「ゾロが女だと気持ち悪いとは思うけど、おれが困ることはないんじゃないかな?」
「なァ?」

チョッパーが答えるとゾロも同意を返し、ナミは信じられないと声を張り上げる。

「気持ち悪いのはいいの!?」
「嫌だけどさ」
「大体、おればっかり責められてるが、ルフィはどうなんだ」

ナミの怒鳴り声に慣れて来たのかチョッパーはゾロの腕に注射を刺し、ゾロもされるままになっていた。

「ルフィも気持ち悪いな」
「だろ?ルフィも同罪じゃねェか」
「勿論、ルフィにだって怒ってるわよ!馬鹿なことして、元に戻れなかったら……ルフィ…は、…別に…?」
「なんだそのあからさまな依怙贔屓は」

腕を組んで首を捻るナミにゾロは苛立ちはしたがナミの理不尽には慣れていたので大きく息を吐いただけだった。

「ナミは、ルフィは女でも構わないのにゾロは男じゃないと駄目なのか」

採血した血と注射器を片付けながらチョッパーに言われて、なんか恥ずかしいこと言った気がする、とナミは暫く考えていた。
ゾロはどういう意味だと問いたかったがチョッパーが鞄から聴診器を取り出したのでとりあえず黙っていた。

「ゾロに発情してるのか?」

純粋な目をしてそう問い返したチョッパーは言い終わった時には海の上に投げ出されていた。

「チョッパー!」

ゾロの叫びと同時に高く水飛沫が上がってチョッパーの姿は海に消えた。
すかさずゾロが海に飛び込み力の抜けたチョッパーを拾い上げ、船に向かって怒鳴る。

「お前、投げる方向考えろよ!」
「なっなにを言うのよなんてこと言うのよッ!ひとを欲求不満みたいにっ!」

顔を真っ赤にしたナミは震えた声で怒鳴って走り去るとそのままキッチンに立て籠もる。
籠ったナミを放っておくと何故か借金が増えていたりして面倒臭いことになるので今声を掛けた方がいいと分かってはいるが、ぐったりしたチョッパーを放っておく方が心配だったのでゾロはその場から離れなかった。

「…おれ…なにかわるいこと言ったのか…?」
「……気にするな」

チョッパーの頭を撫でて、ゾロは鳥でも通らないかと空を仰いで甲板に寝転んだ。

「おぉ?なんだよ昼寝か?」

声に目を開けると麦藁帽子を被った少年が覗き込むように立っていた。

「元に戻れたのか」
「おう」

しししと笑ってルフィはあのな、と腹を押さえた。ゾロも上体を起こしルフィの言葉を待つ。

「やっぱり不思議の実だった」
「そりゃそうだろう」
「男が女になって女が男になるんだってさ」

それは自身で体験しているから分かっているのだが。何が言いたいのだろうとゾロは説明を求めた先にロビンが立っていて思わず眉間に力が入った。

「幾つか採ってきたから、調べてくれる?船医さん」
「うわぁ!よかった、おれも調べたかったんだ!」

ロビンは船に戻るとすぐチョッパーに鞄ごと果実を渡し、チョッパーは嬉しそうにそれを受け取ると自分の革鞄と一緒に持ち去ってしまった。
どうやって男に戻るんだとゾロがチョッパーの後ろ姿を眺めていると肩を叩かれる。
振り返ればウソップが木の実を片手に差し出して来た。

「ほら、もう一回食えば戻るだろ」

そういう意味かと果実を受け取って飲み込み、元に戻った身体を確認しながらゾロが刀を差していると、サンジと入れ替わるようにキッチンから出て来たナミを見つけて、思い出したように声をかける。

「ナミ」
「…なによ」

間を置いて、不愉快な顔で目を向けるナミにゾロは自分の胸を拳で叩いてみせた。

「これでいいんだろ」
「っ知らないわよ!ばか!!」

顔を真っ赤にしてふざけんじゃないわよと叫びながらナミはロビンたちの元に走って行く。
滅多にないナミをからかう機会にゾロは気をよくして後甲板に昼寝ついでに靴を乾かしに歩いて行った。

開き直ったナミの猛攻にふざけるんじゃなかったと後悔させられるのはすぐ後のことになる。

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2013/03/10 comment ( 0 )







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