彼は今日から女の子?「肉出てこーい」
「肉って何だよ」
木の枝を振り回し、生えている葉を叩きながら歩くルフィにウソップは手の裏で突っ込む様に片手を動かした。
「巨人のおっさんとこにいた肉出て来ーい」
「あれぐらいの生き物が出てくれば何日分かすぐ済むな」
「恐竜なんか相手に出来るかボケー!」
言い直したルフィの言葉にゾロが頷き、ウソップは後ろを歩くゾロに振り返りながら怒鳴った。振り返ったウソップの背後からガサガサと草が揺れる音がして、ウソップの肩越しにゾロが覗き込む。
「肉か?」
「ななななんだとー!? おれに近づいたら怪我するぜー!?」
「おまえがだろ」
バネの様に跳ねてゾロの後ろに隠れながらウソップは揺れる草木に向かって吠える。枝葉を掻き分けて現れたのは葉っぱ塗れのルフィだった。
「いむまむぅうーん」
「…何だって?」
「にくがくいたーい」
「ああ…」
ごくん、と喉を鳴らして言い直したルフィにゾロはそうかと頷いてルフィの横を通り過ぎる。
「気にする所が違うだろ!ルフィおまえ何食ってんだ!?」
「知らねェ。美味ェぞ」
ウソップの大声にぺろりと唇を舐めてルフィは答え、茂みの先を指差した。
「そこにあった」
「おまえはー…。何でも食うんじゃねェよ。毒があったらどうする気…」
「美味ェだろ?」
「ああ」
「人の話を聞け!」
既にルフィから実を受け取って食べているゾロと、再び茂みに頭を突っ込んでいるルフィに、ウソップは思わず怒鳴る。
「いっぱい実があるんだ。ウソップも食うだろー?」
「そりゃー美味いなら食うけどもー」
「ウソップは食うな」
態度を翻したウソップをゾロが強い口調で押しとどめる。
「ァあ?なんでだよゾロ、独り占めしようってんじゃないだろうな」
「いや、…これは……」
不平を言うウソップに対して苦い顔で言い淀むゾロを、不思議がってルフィは木の果実を片手に茂みから顔を出した。
「どうしたゾロ?」
「……ルフィ」
「ん?」
手招きされてルフィがゾロの前に立つと、ゾロはルフィの胸に手を伸ばし鷲掴みにした。
「…ぎゃー!スゲェ腫れてるー!死ぬー!?」
鷲掴まれた自分の胸を見下ろして叫ぶルフィにゾロは冷静に呟く。
「お前が死んだらおれも死ぬ」
「なに言ってんだゾロ!? おまえまさかそっち系!?」
「そっち系って何だ。さっきの実食ったらこうなる」
「ええ!?」
ウソップは思わずルフィの手を叩いて持っていた実を落とさせた。
「恐らくな。おれもなってる」
「ゾロも!? もしかしたらこの島特有の病気かも知れねェじゃねェか!? おれにも感染るかも知れねェじゃねェかぁぁうわぁぁぁ」
錯乱したウソップは叫びながら闇雲に逃げ出した。
「ウソップー!どこ行くんだよー!」
「おまえこそ人の話聞けよ…ったく、ルフィ追うぞ」
「おう!待てよウソップー!」
「あああああああ!」
逃げ出したウソップを二人は追いかけたが、逃げ足に自負があるウソップは何故か更に速度を増した。
「…埒が明かねェな。ルフィ」
「おうっ。ゴムゴムのー…捕まえたー!」
「うおわぎゃべぶー!」
追いかけることに飽きたゾロはルフィに声を掛け、ルフィは腕を延ばしてウソップに飛び付くと二人は絡まって暫くゴロゴロと転がってから止まった。
「何をしてるのよ…」
突然降ってきたナミの声に振り向くと、メリー号の上から船に残っていた仲間がルフィたちを見下ろしていた。
「あれ?こんな所にメリーがいる」
「出迎えか?」
帰る手間が省けたな、と呟く二人にロビンは何かを確認するような目でナミを見た。ナミは肩を竦めて溜め息を吐く。
「おいゴム猿。肉は……」
「無ェ!この島、変な実しか食えねェぞ」
「…ルフィ…?」
腕を延ばして船縁に飛び上がったルフィに、サンジは声を失い、ナミは思わず問い返した。
麦藁帽子を被った少女は快活に笑う。
「腹が減ったから木になってた実を食ったら女になった」
「気付いてなかったくせに」
ルフィと自称する少女が船首のメリーの上に座って言うと、梯子を上って船端から顔を出したゾロが呟く。
「…あんたまで…」
「…うるせェ」
収拾がつかない船員を放っといて、ロビンはゾロを海に浮かばせて悪魔の実ではない事を確認してから言った。
「私その実を調べに行きたいわ」
いいかしら、と誰かに問うロビンに倉庫から戻って来たルフィは大きくうなずく。
「そんじゃもっ回行くか」
「そうか。島に入るなら、船のことはおれ様に任せろ!」
「あんたも行くのよ。ルフィとゾロが場所覚えてる訳ないんだから」
どん、と胸を叩いて言うウソップを睨み、ナミが言うとサンジが両手を挙げて主張を喚く。
「お二人が行くなら勿論!おれが守らなければ!」
「じゃあ、ロビンはルフィとウソップとサンジくん連れて島に。私はチョッパーと留守番するから」
ね、と凄まれてチョッパーは、お、おれも…という言葉を飲み込んだ。
早々に小さな鞄を背負って島に降りたロビンをナミとチョッパーは手を振って見送る。ナミさん行かないの!?と喚くサンジは無視された。
「今度は肉が出てくるかなー」
呟きながらルフィは大袈裟に、ロビンは片手で軽く、船に手を振り返し島を奥へと進んで行く。
先を歩いていたサンジはそんな二人を肩越しに振り返り、咥えた煙草に火をつけた。
「ウソップも止めろよ。何の為にあいつらと一緒に行かせたと思ってんだ」
「おれか!? おれのせいなのか!?」
サンジと並んで歩いていたウソップは大仰に腕を振り回し濡れ衣だと訴える。
「ルフィ、身体が変わって感覚が違う所とかある?」
「立ったままションベンできねェのがめんどくさい」
「まあ」
ロビンは驚いたような声を出しながらも、ルフィの即答に思わず振り返った男二人に手を咲かせて鼻フックを繰り出した。
「いでででで!」
「あがががが」
ロビンは痛がる二人を素通りして、ルフィがウソップの鼻の穴ってそこにあるんだなと笑う。腕が消えて、痛む鼻を押さえながら歩いていたウソップはふと涙目で辺りの景色を見渡した。
「この辺だったと思うんだけどな…」
「おい、この穴、獣の跡じゃ」
サンジも一緒に辺りを見回していたが、薮にぽっかりと開いた隙間を見つけて声を上げた。
「いや、それはルフィの跡だ」
ウソップが冷静に訂正すると、ルフィがするりと穴に飛び込んだ。
「あった!これだ」
茂みの奥からルフィが声を張り上げ、止める暇もなくロビンも草むらに滑り込む。慌ててサンジとウソップもその後を追った。
「おまえよく見つけたな」
ルフィの身長ほどしかないその木は茂みに隠れていて、ウソップは目の前にくるまでその存在に気付けなかった。感心した声で言うウソップにルフィは何でもない事のように笑った。
「だってうまそうだろ?」
「どんな嗅覚だ」
「あら。本当に美味しい」
「何で食べちゃってんのロビンちゃん!?」
サンジがルフィに呆れる横でロビンは片手に果実を持ちつつ口許を手で隠した。
「女にも効果があるのかと思って…。航海士さんを連れてくればよかったわ」
後悔が滲む声で言うロビンに人体実験する気だったのかとウソップは人知れず震える。
「ロビンカッケェ〜!」
「そうかしら」
ルフィが目を輝かせ、ロビンは手帳に何か書き込みながら苦笑した。
「地獄だぁぁ!この世に神なんていないんだ!!」
サンジは四肢をつき地面に向かって絶叫した。
「落ち着けサンジ!」
「どうしたサンジ。見ろよロビンカッケェのに」
ウソップが、頭を抱えるサンジの肩を叩きルフィは覗きこむように身を屈める。
「おれの愛するロビンちゃんにそんな逞しい胸筋は必要無いんだァァ」
「なんだ?ぺったんこなのが嫌なのか?おれのおっぱい見るか?」
「あべし」
ルフィが言って、サンジが顔を上げた瞬間ルフィの胸の谷間から生えた腕がサンジの顔を往復ビンタした。
それは仕方ないと呆れたようにウソップが言って、ロビンは手にした実を食べきってから、新しい木の実をもぎながら言う。
「…性別が反転するのなら、もう一度食べればいいんじゃないかしら」
「食っていいのか」
「変化が無ければ、また別の方法を考えましょう」
ロビンに手渡された果実をまるごと口にほうり込むとルフィにしては時間をかけて咀嚼して飲み込んだ。
「ど…どうだ?ルフィ…?」
「んー?」
ウソップが恐る恐る尋ねるとルフィは何が?と言おうとして果実を食べている理由を思い出して自分の体を見下ろした。
「戻った!」
「よかったわ」
長い溜め息を吐きながらウソップは胸を撫で下ろした。その後ろであっさりと元に戻っていたロビンは果実をもぎ取りながら笑う。
「ロビン、その実どうする気だ?」
まさかまた食うんじゃあるまいなと警戒するウソップにロビンは表情もなく答える。
「船医さんが気にしていたようだから、持って帰りましょう。剣士さんにも必要だし」
「あっ、そうだな!早く戻してやんねェとナミが怒るだろうからな」
「なんでクソマリモが戻れないとナミさんが怒るんだよ…」
ウソップは果実をもぐのを手伝おうと木に手を伸ばしたが背後から響いた恨みがましい声に思わず肩を大きく波立たせた。
「それは…ナミは怒るだろ。いつだって」
青褪めて振り向いて、影がつきすぎてホラー顔になったサンジに答える。
「ナミさんは怒った顔もかわいいだろうが」
「いや怒ったら怖ェだろ」
突っ込むウソップの手を払いサンジはナミさんの可愛さは世界一だと語り出した。ウソップは合間につい突っ込んでしまうので、結局ロビンが一人で果実を取り、持って来ていた鞄に詰め込む。
「じゃあ船に戻りましょうか」
「なに笑ってんだ?ロビン」
面白いもんでもあったかとルフィに首を傾げて言われ、ロビンは口許を手で隠しながら答える。
「フフ…あなたが可愛らしかったものだから」
「そんなにおかしかったか?ロビンはかっこいかったぞ?」
「そうかしら。女の子なのも悪くはなかったわね」
「おれは男の方がいい。ロビンも女の方がいいし」
頭の後ろで手を組んで唇を尖らせてルフィはつまらなそうに言う。
「あら。さっきは褒めてくれたのに」
「カッケェけど。おれが男だからロビンは女だ。サンジ腹減った肉ー!!」
「無ェよ!だからこんな島に入っちまったんだろうが!元はと言えば食いまくるおまえが元凶だこのクソゴムー!」
サンジの八つ当たり的蹴撃にルフィはなんだよーと言いながら身軽に躱して走って逃げた。
「わー!待て待て!おれを置いて行くな!」
慌ててウソップも駆け出した二人を追いかけ、ロビンも見失わない程度に追いかける。
ジェンダーの問題は難しいところだけれど、悪い気はしないものね。
思ってロビンは知らず微笑んでいた。