花と屑



まだ夜も明けきらない時刻に、彼は店の前に立っていた。
客を送った帰り道、欠伸をして、店に入ろうとした彼の頭上から声が降る。

「旦那」

囁くような声は聞き逃しそうな程に小さかったが、彼はそれが何処から降ってきたかも知っていた。数歩下がって二階にその姿を探す。

「佐助っ」

まるで、大声に顰めたような顔をする佐助に、時分を思い出す。慌てて自分の口を塞いだ。
佐助は母親のように笑んで、欄干に身を乗り出した。

「あげる」

手を翳し、佐助の手から滑り落ちた包み紙を受け止める。捻られた上部を開けば中には金平糖が詰まっていた。

「よいのか?」

頷く佐助は、部屋を振り返りながら続けた。

「あとね、帰るひと──」

佐助の手が欄干から滑る。ぐらりと上体が不自然に傾いた。

「佐」

支えようと手を上げるが届く訳もなく伸ばした腕は意味を成さないまま、誰かが内側から佐助の腰に腕を回して抱き留めた。

「だんな」

佐助が吐息のように呼んだのは無論自分ではなく、その男は口の端で笑って、物も言わず佐助に接吻した。
早暁の仄暗い中で寄り添う二人の影が画の様だった。

「……無粋だろ」

上から無感動に言われて、我に帰った。慌てて客から目を逸らして店に入る。
持っていたはずの包みは手から消えていた。いつ落としたのか記憶になかった。



「あれか」

二階の部屋で隻眼の男は支度を整えつつ言う。
手伝いも引き止めもせず、橙色の髪を指で弄びながら佐助は笑んだ。

「身請けは断るよ?」
「ああ」
「見世が好きなんだ」

あの、紅い格子に守る様に囚われた時間がたまらなく。
呟く佐助の笑みは、腐り落ちる前の、過度に香気を放つ八重咲きの花のような。そんな狂い咲きは此処でしかしないと馴染の男は知っていた。
その腐臭に引き寄せられる己も。

「屑だな」

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遊廓モノ 政→佐→幸
佐助♂のつもりだったけど資料がないので遊女♀でも変換可能。楼主の大将に世話になり店を手伝う若い者旦那、に昔拾われて一緒に店を手伝っていたら客に買われて気がつけば昼三ぐらいに育った忍、と云う設定

身請け話に続くなら →
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2014/11/01 comment ( 0 )







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