「卑怯だよ旦那」
真面目一辺倒の彼には聞き捨てならない言葉だったのだろう、言われて一瞬身じろいだ。
顔を歪めた彼とは対照的に言った当人は笑顔で言葉を続ける。
「俺は旦那のものなのに」
「違うぞ佐助、俺は」
「俺は決めてるのに」
顔を上げれば、笑みを刻んだ佐助と目が合った。
「疾うに選んでいるのに」
部屋を満たす空気に、注がれる視線に、試されていると悟りその場が収まるならと躊躇いもなく上座に向かって頭を下げた。
「佐助は落籍させませぬ」
明確に告げ、礼を取る。決して贔屓に向けて取る態度ではないと理解している。譴責を待ったが、頭の上から、は、と笑った声がした。
「買うには構わねぇわけだ」
見れば、先刻から沈黙を守って坐していた男が侍っていた佐助の肩に腕を回し、力任せに引き寄せる。
「如何斯う言おうが客を引いてる事に変わりはないだろうが。……それとも」
同意を求めるように一睨みされ、更に何か言い募ろうとした客の口を佐助が袖で制した。
「いいんだよ旦那。気にしないで」
客の頬を撫でる様に叩いて叱ると、佐助は笑いながら言う。
「俺が勝手にやってるんだから」
僅かに目を逸らし、苦笑を浮かべて佐助は静かに呟いた。
「旦那の少しでも役に立ってればいいんだ」
喉が詰まった。
ここまでかと、声も出せない男を部屋から下がらせた。忍び笑いをする佐助の手を取れば細い指で握り返してくる。
「あんまりいじめないでよ」
「アンタの特権か?」
ただ一人を囚える為だけに自由も財産も矜持すらも擲って、その優しさにすら付け入る最低の輩。そして佐助はあの微笑を浮かべる。
此処でしかしないその笑い方は他の誰にも見せないのだと知ってから。
恐らく、己もこんな汚い笑い方を知っている。
悦に入ってにやけた汚い苦笑の、----------------
可愛さ余っていらっしゃる。