「何処にもいないのかも知れないな」
言うと目の前に座っていた男は珍しく両目を見開いた。
男が以前追いかけ回していた女は近くの女子校に通っているらしい。その女は未だ軍神だった男を追っていて、曾て軍神だった男はこの学校で保健医をしていて女にその事を教えたのは女を追い回していたこの男だ。西海の鬼と謳われていた男は今日は昼に登校してきて自分の席に座ってからずっと寝ている。出席日数が問題らしいが漏れ無く試験結果で惨敗だろう。追試と補習で挽回する騒動が恒例行事だ。一学年上の生徒会長は今も他人を捨て駒と思っているらしく役員だけでなく顧問教師すら泣かせている。生物の教師はいつ何時でも解剖用のメスを白衣のポケットに入れていると噂されていて、生徒会長と身の毛の弥立つ意見交換会を廊下でしては空気を読まない馬鹿が割り込んで泣きを見ている。その馬鹿は未だに横で寝ているが。人に言わせるとそれは愚行ではなく懐が深いのだそうだ。風来坊は通学の都合で今も叔父夫婦の世話になっているらしい。学校は違うが駅で会った時にそう言っていた。色々話したい事もあるからと笑いながら男とケータイを教え合っていた。聞きたい事ではなく話したい事だと、言うならあいつの周囲にも何人か似た様な奴がいるのだろう。
再会に喜び現在を語りそして言うのだ。全員が。
あいつは一緒じゃないのかと。
言われる度に、もう主従じゃないんだけど、と笑うこの男が。たった一人をずっと探し続けているのを知っている。きっと死ぬまで探し続けるのだろう。けれど。これだけ探して見つからないなら、可能性として。有り得るのじゃないか。
見開いた目は瞬きもせず泣き出した。初めて見た涙とその量と勢いに感動すら覚えたが、止めなければとも思った。泣かれたのが初めてなら慰めるのも初だ。どうすればいいのか見当もつかない。袖で拭っても留処なく溢れ出すから瞼を閉じさせる。睫毛が濡れて雫が揺らいだ。零れ落ちる前に舌で掬って飲み込んだ。
呼吸を思い出した男は、震える声で云う。
「いないの」
「そんなわけねぇだろ」
至極真面目に言うと数度瞬きを繰り返した。弾けるように涙が散る。
「っ、馬鹿じゃないの」
噛み締めた歯の間から漏れるような声で、右の頬を抓られた。触れるのに何も遮るものもない、右の。失わなかった代わりに得ていたはずのものが消えた。背負っていたものが消えて、この存在の希薄さ。覚えているのは。取り戻したいのは。あの苛まれ浮かされる様な熱病。
いないなんて赦さない。
「お前もだろ」
あの眼を通さないと存在の価値も量れない癖に。
ペラペラなふたりで支えあっていきる
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転生モノ 政→佐→
忍がはぐれただけで旦那は大将と一緒に決まっています。転生モノなので外見が違うかもしれません
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