友達以上の存在


 仕事以外での共通の話題は、意外な事に『株』だった。

 ネット上には、お金を掛けずに株式投資を楽しめるゲームがいくつかある。高校生の頃、そのバーチャルゲームのひとつに手を出したのが、株を始めるキッカケになった。
 興味本意のつもりだったが、投資の仕組みさえ理解出来れば、これがなかなか面白い。自動的に通貨が作られるシステムの安心感もあって、のめりこむようにハマっていった。
 ゲームと言っても実際の金銭が絡んでいないだけで、本物の株式投資に近い雰囲気だ。株を始めたい初心者が、練習がてらバーチャルトレードに手を出す場合も多い。

 3年も続ければ、ある程度株の知識はつく。
 自身で稼げるようになれば貯金も出来る。
 そこで俺はバーチャルから卒業し、実際の株投資に手を出した。

 ネットとは違うリアルな世界。
 当然、儲けや損失が懐に響いてくるから、生半可な覚悟で投資はできない。見極めを誤れば、マイナス数十万の損失が俺を待っている可能性もあるからだ。
 それでも、株に手を出した事で得た膨大な知識量は、少なくとも今の俺にとってプラスになっている。

 水森も株をしていると知ったのは、3回目のご飯会に誘った時だった。
 仕事の話が尽きれば、会話の流れは自然とプライベートな話題に移る。その過程で、株投資をやっている事を本人が明かしてくれたのがキッカケだった。
 俺も同じように株をやっていた事に、彼女自身もまた、相当驚いていた。

 水森は元から投資に興味があったらしく、早い段階で株に目をつけ、学生の頃からバーチャルトレードを始めていたようだ。
 興味本意で始めた俺とは違い、彼女の場合は完全に実践向け。いずれ、実際の株投資をする為に、バーチャルは練習用に始めたらしい。
 社会人になってから実際に手を出し、今に至る。


「利確も考えなきゃですね」


 彼女にしては随分と弱気な発言だった。
 つい、グラスを持つ手が止まる。


「もう? 夢ないな。プラ転したらすぐそれか?」

「まだ売らないけど……目標値がないと不安です。30万超えで一旦利確するのか、35万ラインまではホールドするのか、とか」

「いざ上がりだしたら難しいからな。トレンド変換したら売りたくなくなるし」

「買いだけでは儲からないですからね」


 彼女の一言に頷く。
 実践経験はまだ低いとはいえ、共に仮想空間で数年学んできた投資家同士、知識の幅もそれなりに広い。


「売り時期って難しいよな。決断に迷う」

「買いのタイミングが良くても、売り時外したらマイナスになっちゃいます」

「うん。けど、来週には調整入りそうだけど」

「まだ売らない方がいいですか?」

「勢いありそうだし、まだ売る時じゃないと思う」

「うーん……」


 いつも即決断が通常の水森だが、こと株投資となれば、頭を悩ませる一面もあるようで。


「……水森って仕事は積極的なのに、株は消極的だよな」

「だって、お金絡んでますから」

「まあそうだけど」

「株で一億稼ぎたいです」


 真顔ですごい事言ってきた。



 株に興味のない奴から見たら、こいつら何の会話してんだと突っ込まれかねない勢いだ。株投資はギャンブルに似た要素もあるから、なかなか人には話せない。
 その上、この不景気で騒がれている昨今だ。
 実際にお金が絡んでくるとなれば、株に手を出す事を躊躇する人も多い。
 現に俺の周りで、株投資をしている人は誰もいなかった。水森の周辺も同様らしい。

 最近では、仕事よりも株の話で盛り上がることも多くなった。
 株式は日々マーケットが変動しているから、会話のネタに困ることが無い。
 更に言えば互いに経験も知識もあるから、株の戦略だのトレードだの、様々な観点から話が白熱する事もある程だ。
 水森と話すのは本当に楽しい。



 ──すれ違ったら話す程度だよ。



 不意に、今朝の同僚の言葉が蘇った。
 俺と水森は既に、すれ違ったら話す程度の仲以上だと、俺自身はそう思ってる……けど。


 ──誰とでも仲いいし。友達多いんじゃない。


「………」


 友達が多い水森にとって、俺もその友達のうちの一人、なんだろうか。


 ──人気あるぜ、あの子。
 中には狙ってる奴もいそうだけどな──


「……水森ってさ」

「? はい」

「今、付き合ってる人とかいるの?」


 突然の話題転換に目を丸くしている彼女を、ただ黙って見つめ返す。
 カラン、と氷の弾く音が、静かに鳴り響いた。



 水森とはこれまで、色々な話をした。
 けれど、恋愛に関して話題に上がった事は一度も無い。
 お互いになんとなく、その話題を避けてきた部分もある。
 明確に問いかけたのは、これが初めてだ。

 視線の先にいる水森は相変わらず、表情の変化が見られない。彼女から感情を読み取るのは、なかなか至難の業だ。
 気まずさの残る空気が、緊張を増幅させる。
 暫しの沈黙の後、彼女は首を横に振った。


「いないですよ」

「……そうなんだ」


 途端、肩の力が一気に抜ける。
 その返答に、心の底から安堵している自分に気がついた。
 ここでこんなに安心するということは、つまり、俺はきっとそういう事なんだろう。
 彼女に対する想いには薄々感づいてはいたけれど、今この瞬間、はっきりと自覚した。俺は水森が好きなんだ、って。


「……私、長続きしないんです」


 か細い声が聞こえたのは、そう自覚した直後。


「学生の頃に、お付き合いしていた人はいるんですけど」

「うん」

「すぐにフラれちゃうんです。私には、きっと恋愛は向いていないんだと思います」


 冷めきった発言に、違和感を覚えた。


「……なんで?」

「私、見た目も中身も子供っぽいから。『ガキっぽくて、一緒にいて疲れる』って言われて」

「……」

「実際、そうなんだと思います」

「……そんなことないだろ。俺なら、」

「え?」

「……いや、なんでもない。急かしすぎた」

「え……あ、はい……」


 それきり水森は口を閉ざしてしまい、手元のグラスに視線を落とす。
 俺もそれ以上何も言えないまま、再び沈黙が訪れた。



 水森は鋭いし、頭の回転も速い。
 恋愛に関しても、きっと鈍い方ではない。
 俺の、さっきの微妙な言い回しやこの空気に、何か思うところはあるはずだ。

 彼女にとって、俺はどういう存在なんだろう。
 ただのご飯仲間のままなんだろうか。
 そうだったとしても、俺はもう、それ以上を望んでいるから。


「水森」

「は、はい」

「今週末、空いてる?」

「へ」

「どこか出掛けないか? 2人で」

「え……」


 パッと俺を見上げた水森の表情は、あまり変わり映えしていないように見える。
 それでも、頬がほんのりと染まっている事に、不謹慎にも嬉しくなった。

 ある意味、賭けに出た。
 もし、この雰囲気の流れで誘いを断られたら、その時点でもう脈は無いだろう。
 まだ想いが浅いうちに、さっさと身を引こう、と。
 そう考えていたけれど。


「……あ、空いて、ます」

「………」

「がら空きです。24時間自宅待機中ですセコム並みに」

「……セコム」


 俯いたまま、冗談を言う彼女の横顔はいまだに赤く、そんな反応にまた嬉しさが込み上げる。
 素直に可愛いと思った。
 好きだと自覚すればするだけ、彼女への想いは膨らんでいく。
 堪らなくなって、グラスを握る水森の手に触れる。
 ぴく、と彼女の肩が震えた。


「どこに行きたいか考えておいて」

「……はい」


 視線は合わない。
 けど、心の距離が近づいた気がした。

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