ご飯仲間


 水森曰く、俺は『ご飯仲間』らしい。
 グルメ友、略してグル友とも言っていた。
 そう呼び合う程に、彼女とは仕事上がりに会う機会が増えている。大体週2、3回ほどのペースで、夕飯を共にする仲になっていた。
 豊さんの店で待ち合わせをする日もあるし、美味しいと評判の店を見つければ、一緒に足を運ぶ事もある。
 出向く先の殆どは、多くの客で賑わう大衆居酒屋がメインだ。高級感のある静かなレストランは、彼女はあまり好まないらしい。
 その理由は単純で、


「一皿に乗ってる量が少ない上に、追加注文がしずらい空気だから」


 らしい。本人がそう言っていた。
 いかにも彼女らしい主張だ。質より量派、ということだろう。

 夕食を共にしながら話す内容といえば、ほとんどが仕事の事。
 共通の話題で盛り上がれるのは、やっぱり営業とマーケの情報だった。

 こうして話を聞く限り、水森はかなりの勉強家だとわかる。特に流行りものに関しては、誰よりもいち早く、真新しい情報を仕入れてくる。食やファッション、遊びにエンタメなど、そのジャンルは多彩に渡る。世間のニーズや動きに、常にアンテナを張っているようだ。
 それだけではない。
 更に過去のデータから換算し、次に来る流行ものの予想立てをするのも、彼女の得意分野でもあった。
 それだけ情報に精通していれば、マーケターとしての能力も十分高い。

 彼女の情報収集能力の高さには、毎度舌を巻く。
 顧客の好みやターゲットを絞る上で、水森が持つ情報と知識は、俺が営業を成功させる為の必要不可欠な要素となっていた。


「……いつも思うけど、営業の効率化を図る為に改善する余地はまだ多いよな」

「マーケもIT化が進んで、精度の高いメッセージを各方面に展開できるようになりました。営業の皆さんが仕事しやすいように、私ももっと頑張ります」

「水森は十分頑張ってるだろ。かなり有能だよ。すげー助かってる」

「私が有能だとしたら、きっと先輩方のお陰です」


 さりげなく、上の立場の人間を立てるのも忘れない。誰が見ていなくとも、だ。
 謙虚な姿勢を崩さないのも、彼女らしいと言える。

 こうして豊さんの店で話すのも、もう何度目だろうか。
 いつもの特等席で隣同士に座り、今日も今日とて、仕事の話題で盛り上がる。


「でも、キリタニさんは本当にすごいです。|あ《・》|の《・》|情《・》|報《・》ひとつでA社と独占契約まで結んでしまうなんて、驚きです」

「事前に情報をくれた水森のお陰だよ」

「そんなことないです。数字だけを見ている人には、絶対に出来ない行動だと思います」


 この話題に移れば、彼女は途端に俺を褒めちぎる。
 けど、本当に大した事はしていない。
 というか、営業すらしていない。
 俺ですら、A社と契約を結べるなんて微塵も思っていなかったんだ。



 アジュールが、A社との独占契約を狙っているという話は以前から噂で聞いていた。
 だから水森に、詳細を尋ねてみた。
 そして彼女がくれた情報の中に、


『A社の社員の方が、平日の早朝に公道を掃除してるみたいです』


 そんな話が混じっていた。

 それはなんて事はない、話のネタのひとつ。
 でも俺は、チャンスだと悟った。


「それで翌朝5時に起きて、その方の元へ向かったんですね。『今日から一緒に掃除をさせてください』と、頭まで下げて」

「ちゃっかり名刺も渡してる辺り、下心は見え見えだったけどな」

「はあ、すごい」


 俺から事情を聞いた水森は、何度も「すごい」を連発した。

 彼女から話を聞いた翌朝、A社の社員が掃除をしているという公道へ向かった。
 そこには年配の老人がひとり、ゴミ袋を持参して黙々と作業をこなしている。
 社員というわりには高齢の方だなと思いつつ挨拶を交わし、ここ1ヶ月間ずっと、彼と2人で公道の掃除をしていた。

 契約を持ち掛けようとして、彼の元を訪ねたわけじゃない。A社の話が聞ける上に繋がりが持てれば、その時はただ、そう思っていた。


「まさかあの爺さんが、A社の創業者だったなんて思いもしなかったんだよ。あの人自身も名乗らなかったし、俺はてっきり、A社に雇われている清掃業者なのかとすら思ってた」

「びっくりですね」

「いや、水森は最初から気付いてただろ。ほんと、人が悪いよ。教えてくれてもよかったのに」

「ごめんなさい。まさかキリタニさんが、そこまで考えていたなんて思ってもいなかったから」


 感嘆の息を漏らす水森に、苦笑いを浮かべる。
 結果的に大きな実績は残せたけれど、それでもまだ、ひとつだけだ。俺達の目的までは果てしなく遠い。
 けど、水森の持つ情報を活かせば成果を出せることを証明できた事は大きな一歩だ。



 こうして彼女とご飯仲間になって、互いに色々な話をした。仕事の話だけじゃない、他にも趣味や家族、学生時代の頃の話も。
 中でも趣味に関しては、俺が水森だけにしか話せない話題がひとつだけある。


「水森、今日のでプラ転したんじゃないか?」


 そう尋ねれば、急に彼女の瞳が輝きだした。


「はい。何回か小分けにして買ってたから、マイナスのものもありますが。トータルで言えばプラスです」

「へえ。やったじゃん」

「キリタニさんは?」

「俺も一応プラス。頭ひとつ飛び出た程度だけど」

「では、互いのポートフォリオプラ転に乾杯ですね」

「ウーロンだけどな」


 カチン、とグラスをぶつけ合う。
 水森は相変わらずの無表情で、でもどこか、穏やかな顔つきにも見えた。

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