背徳に溺れる* 「え……っ」 気持ちいいことでいっぱいだった思考が停止する。自分で脱げ、私にそう告げた竹井は自ら動くことを止めてしまった。 ついさっきまで私の身体をまさぐっていた手は、今は大人しく、ソファーの肘掛けに置かれている。私に触れてこようとする意思すら見えなくて、疼きの止まない身体が正直に落胆する。 触って欲しいのに、また中途半端なところで放置された。快感に飢えた身体は更なる刺激を求めて火照りを生み出しているのに、肝心の刺激は訪れない。縋るように竹井を見つめ返しても、静かな瞳が見つめ返してくるだけだった。 「……っ、下着、って」 「触って欲しいんだろ?」 「……」 「脱げよ」 冷ややかな瞳が私を射抜く。酷いことを言われてるのに、不思議と戸惑いはなかった。 この煩わしい制服さえ脱いでしまえば、竹井は私が望んでいるものをくれるかもしれない。指で、舌で、キスで、たくさん肌に触れてくれる。気持ちよくしてくれる。そう考えただけで下半身が疼き、ショーツがじわりと濡れていく。 拒絶、なんて出来なかった。 「……っ」 両手が、制服に伸びる。たった3つのボタンだけでガードされていたベストは、外せばあっけなく床へと落下した。 シャツから透けて見えるブラの存在に羞恥心を煽られ、僅かばかりの理性を取り戻す。つい手を止めてしまったのは、この状況の異常さを顧みたからだ。 普段使われていない部屋とはいえ、ここは会社の一室だ。たとえ定時が過ぎていても、社内に残っている社員は当然いる。なんならその社員達が、この会議室の前を通り過ぎる可能性だってある。鍵も締めていない、いつ誰が入ってきてもおかしくない会議室で、衣服を全部脱ぐなんて恐ろしくて出来ない。万が一誰かにこんな姿を見られようものなら、私はもう明日から会社に行けない。 そもそも社内で、隠れて事に及ぼうとしている私達のしている行為そのものが非常識だ。頭ではそう理解できていても、媚薬の効力は冷静な判断力すら、根こそぎ奪って壊していく。なけなしの理性を取り戻したところで、結局、目の前にある欲情には勝てなかった。 「手、止まってるんだけど」 「……っ、う、うん」 続きをせっつかれて、恐る恐るシャツのボタンに指を引っ掛ける。全て外してしまえば、肩からするりと滑り落ちて肘の部分で引っ掛かった。 勢いついでに、袖から腕を一気に抜く。露出した肩がひやりと肌寒くて鳥肌が立った。 ブラも谷間も全部、見られてる。 恥ずかし過ぎて竹井の顔が見れない。 俯き加減のままシャツを脱いでいた私には、この間、竹井がどんな気持ちで私を見ていたのかはわからなかった。目が合うのが嫌で顔を上げられなかったから、竹井の表情を窺い知ることもできなかった。それでも、無言を貫いている竹井の視線は頭上からずっと感じていて、降り注ぐ熱視線に身体が縮こまってしまう。同時に、好きな人に下着姿を見られている事に、不思議な高揚感すら抱いていた。 見られている事に興奮するなんて、本当に私はどうしちゃったんだろう。こんな性癖が自分の中に潜んでいたなんて認めたくなくて、だから、これは全部媚薬のせいなんだって納得しようとした。 そうだ、これは全部媚薬のせいだ。 セックスしたいと強く願ってしまうのも、この状況に興奮を覚えてしまうのも、全部この薬に惑わされているだけだ、って。 だから、私は手を止めなかった。 脚をゆっくり折り曲げて、少しだけ腰を浮かせてストッキングを剥ぎ取っていく。素足を晒したまま、スカートのホックに手を掛けた時── 「……ばかじゃねえの」 クッ、と嘲笑うような声が落ちた。 冷ややかな言葉に脳がすうっと冷えて、火照っていた筈の身体から熱が引く。 代わりに襲ってきたのは焦燥感。 顔を上げた私の瞳に映ったのは、さっきまでの苦しげな表情とは一変した、冷酷な男の姿。 唇の端を吊り上げて笑うその表情は、私への軽蔑に近い色を滲ませていた。 「なにマジで脱いでんだよ。此処がどこかわかってんの? 会社だぞ? どこの世界に、社内で男から脱げって言われて本当に脱ぐ奴がいるんだよ。北川さ、そういうところ全然変わんねえよな。いい加減、その流されやすい性格なんとかしろよ」 あんまりな言い草に言葉を失う。ふと視線をずらせば、会議室の扉に貼り付けられたアクリルミラーには下着姿の私が映っていた。 ここは、会社だ。 誰もいない会議室で、私は自ら服を脱いだ。 好きな人の前で下着姿になっている現実を、自覚させられた。 「……だっ、だって、これは竹井が……っ!」 「俺が何? 俺が脱げって言ったから脱いだ、って? マジで馬鹿かよ。じゃあ鈴原にも同じこと言われたらお前、脱ぐの?」 「なっ……鈴ちゃんは今関係な、」 「……"鈴ちゃん"?」 「……あ」 「へえ。あだ名で呼び合う仲なんだ」 しまった、と焦ってももう遅い。社内では先輩後輩として接しようと呼び名を変えていたのに、言い慣れているあだ名の方が口に出た。しかも、竹井の逆鱗に触れてしまったみたいだ。 私と鈴ちゃんがいとこ同士だってことを知らない竹井は、完全に私達のことを勘違いしている。受話器越しに聞こえた不機嫌そうな声と、今の罵り口調のトーンが完全に一致していた。 「ち、違う。私と鈴原はそういう関係じゃない」 「どうだか。アイツ、廊下で高らかに叫んでたよな。『毎日好きな人に会える』だっけ? 随分懐かれてんじゃん。どうやって手懐かせたのか知りたいわ」 「ねえ待って、話を聞いて」 「この後用事ないって電話で言ってたけど、本当は公園デートだったんだろ? 悪かったな、こんなところに呼び出して」 「だから違っ、」 「でも行かせねえから」 「っや……!」 顎を持ち上げられて、強引に唇を塞がれた。頭部を掴まれたせいで逃げることもできない。反論も言い訳も許さないとばかりに封じられて、竹井に口内を蹂躙されていく様を黙って受け入れるしかなかった。 角度を変えていくキスに懸命に応える。逃げ惑う私の舌を竹井の舌が掬い、何度も絡まれて上顎をくすぐられ、弄るように舌を吸われる。唇の端から零れ落ちた唾液を竹井の唇が掬い、何度も唇で塞がれた。 「っん……ふ、やめ、ぁ……ッ」 口内で絡み合う熱がじわりと快感を生み出して、誤解を解かなきゃ、なんて意思が揺らいでいく。この部屋に連れ込まれてから、何度目のキスを奪われたんだろう。 それでも、さっきまでの異常な疼きはかなり薄れていて、理性を失いかけるほどの強い作用が鎮まっていることに気づく。媚薬の効力が切れ始めているみたいだ。速効性があるって言ってたけど、その分、効力が消えるのも早いのかもしれない。 それでも、昂ぶる欲は消えてくれない。 何度も繰り返したキスの余韻が、暴走しかけた欲を持続させる要因になっていた。 「脚、開けよ」 やっと離れた唇が紡いだ言葉に息を飲む。すごく恥ずかしいことを強要されても、快楽に屈した身体はそんな言葉にも興奮を得てしまう。抵抗する気も失せてしまった私は控えめに、ゆっくりと脚を開こうとしたけれど。 「遅い」 「あっ」 その動きを焦れったく思ったのか、竹井の両手が私の内股を掴み、そのまま強引に開かされてしまった。湿り気を帯びるショーツを竹井の眼下に晒す形になって、たまらない羞恥が込み上げる。かあっと頬に熱が上がった。 「や……! み、見ないで、やだっ」 「見ないと触れねえよ」 「んぁ……ッ!」 必死な抵抗も虚しく、熱い中心に指先が触れる。触って欲しくてたまらなかった場所を撫でられた瞬間、電流が走ったかのような刺激が全身を駆け巡った。 布越しにぐりぐりと擦られ、ショーツの中でぐちゅぐちゅと水音を奏で始める。 「あ、ん…ッ、やめ、ぁ……!」 「……はっ、すげえ濡れてる。グショグショじゃん。ほら」 「あっ、やだ、だめなの、だめ」 慌てて隠そうとしても遅かった。無理やりショーツを剥ぎ取られ、中途半端に片足で引っ掛かっている状態で放置された。 両足を左右に開かされて、しとどに濡れている中心を暴かれてしまったことに泣きそうになる。死ぬほど恥ずかしくてたまらなかった。 「も、やだぁ……やめて……」 「やだやだ煩い。……そろそろ切れる頃か」 「なにが……っひゃ!?」 濡れそぼった熱い中心に、冷たい感触が走って腰が跳ねる。生々しいジェルの感触が塗りつけられていることに気付いた。 「えっ、なに……何してるの」 「……いいこと教えてやろうか」 「……え?」 「さっき缶コーヒーに混ぜて飲ませた媚薬は、速効性はあるけど効果が持続しないのが特徴なんだって。普通の媚薬とは違うものらしい」 「……?」 「媚薬なんだけど、性質が違う。自白剤入りらしい」 「え……」 聞き慣れない単語に困惑する。自白剤といえば、警察とか諜報機関で使われているイメージが強いけど、私達のような一般人が、簡単に手に入れられるものなんだろうか。それに、使いすぎると副作用があるって聞いたこともある。 不安に駆られて表情を曇らせた私に、竹井は柔らかく微笑んだ。でもその表情は冷酷さを滲ませていて、嫌な予感に心臓が不規則に暴れだす。 「やっ……、これってまさか」 さっき塗られたジェルは、もしかしたら。 一気に血の気が引いていく。 「媚薬ってさ、口から飲ませる以外の方法もあるんだって」 「っ、やだ、やめて……!」 「例えば、ココ……とか」 ぐちゅ、と粘着質な水音を漏らして、竹井は私のナカに指を埋め込んでいく。その指先にはきっと、ジェル状の媚薬が塗りこまれているはずだ。 いやだ、せっかく効果が薄れて身体の疼きが鎮まってきた頃に、また媚薬を使われた。こんなのを使われたら、私はまたおかしくなってしまう。自我を失って、馬鹿みたいに淫らな自分を晒してしまう。 拒絶したくても、もう全て遅い。 迫りくる快楽に抗えず、私の意思はあっけなく飲み込まれてしまった。 トップページ |