番外編・斎藤さんのお話。4 「っ!?!?」 あんぐりと口を開いて、彼を凝視している女の子と、その隣で眩しい笑顔を披露している水嶋さんの温度差がすごい。 ねえ、ジャイ子聞いた? 妹ですって、妹。 こんなにも似てなさ過ぎる兄妹っているかしら。 そして妹ちゃんの顔が真っ青なんだけど大丈夫かしら。 「ほら、ちゃんと挨拶して」 「え、うえっ、ほえええ!?」 発狂したわ。 大丈夫かしら。 病院に連れて行った方がいいんじゃないかと、ぼんやり考える私の前で、尚も茶番は続く。 「ほ、え、あ、あのっ」 過呼吸だわ。 大丈夫かしら。 彼女の傍らにいる水嶋さんの頬に、「楽」とか「愉」みたいな文字が浮き出てる気がするんだけど、突っ込まない方がいいかしら。 私と向き合った妹ちゃんは、そんな水嶋さんの様子に気付くこともなく、しどろもどろになりながら言葉を発しようと頑張っている。 「あ、あの、あのわたしっ」 「はい」 「い、い、いい芋、いもうとの莉緒ですよろしくお願いしゃすっ!!!」 なんと力強い、体育会系の挨拶だ。 自己紹介と共に勢いよく頭を下げたせいで、ぼと、と彼女の肩からバッグがずり落ちた。 中身が床に散乱する。 にゃんこも一緒に落ちた。 水嶋さんは顔を背けて爆笑してる。 ………芋? 「にゃあ」 愛らしい鳴き声の主を肩に担いで、水嶋さんの手が床に伸びる。彼女がぶち撒かしたバッグの中身を、ひとつずつ手に取り始めた。 その顔はまだ、若干ひきつっている。 妹ちゃんに同情しつつ、私もしゃがんでお手伝いをする。彼女も慌ててバッグを拾った。 「すみません、すみませんっ」 「それ、帰ったら洗った方がいいかもね」 「はいっ」 私の助言に一生懸命頷く。 誰に対しても素直な子なんだろう。 可愛いなあ。 「先に車に乗ってて」 「あ、はいっ」 水嶋さんの肩に乗っていたにゃんこが、ぴょん、と妹ちゃんの手の上に乗った。 彼女は私に一礼して、ぱたぱたと駐車場へと駆け出していく。 その後ろ姿を見つめる水嶋さんの目は、とても優しい。 「……いつも、あんな風に遊ばれているんですか?」 「ええ、面白いので」 意地悪な質問にも一切顔色を変えず、むしろ笑顔で切り返される。楽しそうに。 ジャイ子見て。 これがこやつの本性よ。 優しい顔をしておいて性格がなかなか黒い。 「茶番に付き合ってくれてありがとうございます」 「……いえ」 「まあ、妹っていうのは嘘です」 「ですよね」 だと思ったよ。 「私は一応、高校の教師をしておりまして」 「はい」 知ってます。 「あの子は今年の3月で卒業した生徒です」 「そう、でしたか」 「もう薄々気付かれていると思うので言いますが、彼女の高校卒業を待って、交際を始めました。誤解されているようなので、伝えておきますね」 あ。密かに疑ってたこと、バレてたんですね。 「教え子なんですね」 「そうです」 「……あの、彼女の親御さんは何て───すみません、私失礼なことを」 また口が滑った。 好奇心の行き過ぎは身を滅ぼす事になる。 慌てて謝れば、静かな声が落ちた。 「構いません。貴方のその反応が世間一般の反応で、批判的な評価だと理解しているつもりなので」 「……あの子のご両親は、お二人の交際を知っていらっしゃるんですか?」 「お互いの親には既に許可を得ています」 「親公認なんですね」 彼の言い分に、嘘が含まれている感じはしない。とはいえ、あの子まだ未成年、よね。 成人男性が未成年を部屋に泊めるっていうのは、どうなんだろう。 でも私がそう思っているということは、多分、水嶋さんも同じ事を思っているに違いない。 この人は頭がいい。 批判的な風潮が強いことを理解しているなら、軽い気持ちで、あの子を部屋に泊まらせたりはしないだろう。 だから、これ以上深く考えるのはやめた。 「ただ、親公認の交際だとしても、周りが面白おかしく噂をたてればあの子が傷つきます。なので、この事は内密という形でお願いしたいのですが」 「……それは、構いませんが……」 頷いてみたものの、妙な違和感が残る。 その主張が、水嶋さんらしくない気がして。 人前で堂々とイチャつけない立場にあるのはわかるけど、交際を黙っている事が、果たしてあの子を守る事になるのかな? と疑問が沸く。 けど、それを口には出さなかった。 そのあたりは、まだこの人の中で迷いがあるのかもしれない。 「あ、斉藤さん」 「はい?」 「私が家を空ける間、うちの猫を預かってもらう事はできますか?」 「大丈夫です。どこかお出掛けになるんですか?」 「はい、GW中に2日間ほど」 「いいですね。私は仕事で休みナシです」 「それは、ご愁傷様です」 「ほんとに」 屈託なく笑われた。 私もつられて一緒に笑う。 その後、水嶋さんは駐車場へと向かい、ひとつの車の運転席に乗った。 そのまま車は走り去っていく。 私も部屋へと戻り、扉の前に立って気付く。 「あれ?」 新聞が無い。 「1階に置きっぱなしにしたかな?」 全然記憶が無い。 というか、何の記事読んでたんだっけ? 「まあ、いいか」 すぐに忘れるってことは、自分の中で然程、衝撃を与える内容でもなかったんだろう。 所詮、そういうものなのかもしれない。 後で買出しに行く時に、もう一度新聞を取りに行こう。 私も、お部屋で愛しのジャイ子が待っている。 空は快晴で、気分もどことなく晴れやか。 今日もいい日になりそうだ。 トップページ |