溺れる、カラダ。4


「しかもその浮気相手は、陽菜ちゃんの友達だし」
「………」
「あの先輩もよくやるよねー。普通さあ、彼女の友達には手出さないよ。いくらなんでも」
「……奏くん」
「彼氏にも友達にも裏切られて、かわいそーだね、陽菜ちゃん♪」

 ……息が詰まる。残酷なことを平然と口にして、にっこりと、悪意のない笑顔を披露する奏くんが、まるで知らない人のように見えてしまう。
 奏くんは、時折こうして豹変する。何がキッカケなのかはわからないけれど、優しい彼が急に見せる冷淡な一面に、わたしはいつも困惑してしまう。わざとわたしを傷つけようと、軽く発した言葉だとわかるから。

 本当はわたしだって、人のことは言えない。彼氏がいるくせに、違う男の子とカラダを重ねて快楽を共有し合っているんだから。
 しかも彼氏とはまだ別れてないし、わたしのしている行為も、立派な浮気行為だって理解してる。
 でも、先に浮気をしたのは彼氏の方だった。
 その浮気相手は、わたし達の交際を応援してくれていたはずの友達だった。
 それを知った時の惨めさといったらない。わたしだけが何も知らずにいた、先輩がくれる甘い言葉に一喜一憂して、一方的に舞い上がっていたんだ。その様を、友達は先輩と一緒に、影でクスクス笑っていたのかもしれない。

 わたしは遊ばれていただけなんだと、そう考える度に心がズキズキと痛む。悔しくて、悲しくて涙がじわっと溢れてきた。慌てて手の甲でぎゅっと拭う。

「あは。陽菜ちゃん、傷ついちゃった?」

 形のいい唇に呼ばれて、肩がびくっと震え上がる。奏くんの手が伸びてきて、わたしの髪を優しく梳いた。
 指先にくるくると巻き付けながら、するりと解いて。その一連の動作を、涙目のまま見つめる。

「俺の言葉がショックだったの?」
「……ちがう。色々思い出したの」
「そっか」

 慰めるように、よしよしと頭を撫でてくれる。その優しい手つきが、「ごめんね」と言ってくれているような気がして、少しだけ心が浮上した。
 思えば奏くんとの出会いもこんな感じだった。彼氏に浮気されて落ち込んでいた時、突然ふわっと目の前に現れた奏くんは、わたしが泣き止むまでずっと隣で話を聞いてくれた。
 今みたいに頭をぽんぽんしてくれて、「元気になるまで一緒にいてあげる」と言ってくれて。悲しみの淵に沈み込んでいたわたしを救ってくれた。

 時々意地悪だけど、優しさと甘さをくれる奏くんに縋りついてしまったのは、ある意味仕方なかったのかもしれない。
 だってあの時、「一緒にいてあげる」と差し伸べてくれた奏くんの手を振り払っていたら、今もわたしはずっと、孤独のままだっただろうから。

「陽菜ちゃん、まだあの先輩が好きなの?」
「え……」
「ねえ、好きなの?」

 奏くんの問い掛けは、ゆっくりと、静かな振動を伴ってわたしの心に侵食してくる。

「……好きじゃない」

 もう、好きになれない。あんなひと。

「その彼氏にまたキスしてほしい?」
「……やだ。むり」

 嫌悪感に苛まれて首を振る。先輩にキスされるくらいなら、野生のチンパンジーにキスされた方がまだマシだ。
 ……たぶん、マシ。

 先輩はわたしより1つ上で、そして初めての彼氏だった。先輩から部屋に誘われて、一緒に話をしていた最中に、その場に押し倒されてキスされた。ちょっと強引なキスに驚いたけど、そんなシチュエーションにもわたしの胸は高鳴って、先輩となら嫌じゃないって思えるほどに好きだった。
 なのに、先輩はわたしと付き合っていながら友達とも関係を持っていたんだ。キスも、それ以上の事もしてた。
 友達と浮気していると知ってしまえば、もう純粋な目で先輩を見れなくなる。キスされたってときめかないし、わたしもその友達と、間接的にキスしたことになるのかな、なんて危うい考えすら浮かんで嫌になった。
 不快感で顔をしかめたわたしに、奏くんは不思議そうな顔で首を傾げる。

「あれ? おかしいね陽菜ちゃん。好きな人としかキスしたくないんじゃなかったの?」
「……先輩のことはもう好きじゃないもん」
「じゃあ俺は? 俺の事だって好きな人じゃないでしょ? なのに俺とキスするのは嫌じゃないってどういう事かな?」
「え……」

『……それって、俺とのキスが嫌なわけじゃないってこと?』

 さっき、奏くんから言われた言葉を思い出した。
 わたしの本意を探るような一言に、何の疑問も抱かずに頷いてしまったことも。

「あ……、あれはっ、言葉のあやで」
「へえー。言葉のアヤちゃん」
「っ……、」

 ……からかわれてる。そう気付いていたのに上手く反論できなかった。逆にわたしの方が聞きたいくらいだ、キスは好きな人とじゃなきゃ嫌、そう思う気持ちは本当なのに、どうして奏くんにキスされても、わたしはきっと嫌がらないって自分でわかっちゃうんだろう。
 さっきだって、キスされそうになって拒絶したのは嫌だったからじゃない。ただビックリしただけだ。奏くんとは何度もカラダを重ねてきたけれど、キスされた事は一度もなかったから。

 ずっと好きだった先輩のことは、今はもう好きじゃない。
 そして奏くんも、わたしの好きな人じゃない。
 だから奏くんとキスするのは嫌だって思わなきゃおかしいのに、ちっとも嫌だなんて思っていない自分がいるのが不思議だった。
 したいとも思っていないけど、きっとキスされても受け入れられる。奏くんになら。

 ……なにこれ。
 わたし、どうしちゃったの?

mae表紙|tugi

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