不器用に光をうたえ



 所、江戸から離れた、山の小さな小屋。生き倒れではない、だが身なり汚れた男が二人。その二人は余りにも平和や平穏といったものから、かけ離れていた。
「ゥ…ァ、アアアアアァァァゥ、っくォウ、…ア、があ、ッ」
 一人の男が吼えた。それは苦痛による助けを願う叫び。身体のあちらこちらには梅の花が咲いたかのように、赤い傷痕が癒えていない。それを包帯等で巻く事をしないのは、晒しておいた方が治りが早いからである。しかし、それよりももっと痛むのは、利き手の指が三本も無くなっている事と、足が片方失われている事だ。
 隣の男が身体を起こす。こうやって夜中に吼える男を鎮めるのも、もう慣れた。
 吼えながら男は涙を流し、涎を垂らし、身体のどこかしこを掻き毟って新たな傷を付ける。
 そんな時、彼は発狂する男の名を呼ぶ。何度も呼ぶ。正気になれば、正気になりさえすれば彼の傷は治るはず。失われたもの以外の全ては。名を呼びながら、痛みを和らげるためにやさしく撫でる。苦痛を和らげるのは喜びしかない、それは彼の生きてきた全てを総動員した結果だった。
 この日も、いつものように失われた男の指を、彼は丹念にしゃぶる。しゃぶっているうちに出る音に正気を保った己は計らずも性的な興奮を覚えてしまう。またこの痛みに狂う男を、今日も欲望の儘に抱くのだろう。
「ッは、覇王丸、ッ」
 彼は男の名をまた呼ぶ。この行為は最早、二ヶ月程の時を経ていた。
 正気の戻らぬ覇王丸を殺しても仕方ない、と牙神は思う。だからこうして戻るようにと痛みを快感に変えて、看病しているのだ。正気に戻った時の、この男の面を拝みたいとそればかりを願って。

 ひとつ気付いた事がある。
 覇王丸は正気の時があるのかもしれない。そう思う事が数回、あった。もしかしたら戻りつつあるのかも…。
「アァァァぐふ、くゥゥッ…、が、げ、幻十ろ…ッ、が、ハアァァッ」
 時に、その呻きには牙神の名を呼んでいるかのように聞こえる。これが一度ならば気のせい、と割り切る事ができたのだろうが、それは何度か―――少なくとも、両手では数えられないくらいの数―――続いたからである。
 名を呼ばれたと感じた時は、特に交わる事に楽しさを覚えた。

 もしかしたらこの瞬間、覇王丸は正気になっているのかもしれない!
(解りたいが、今は解らない)
 正気になっているとしたら、この状況を覇王丸はどう思っているのだろうか?
(男に抱かれた事等ない事は解り切っている)
 身体の快感まで感じる気力は無いかもしれないが、ひくついて欲しがる卑しい身体を感じさせてやりたい!

 牙神の考えが本当か、虚像かは知る術もない。今の覇王丸は与えられる快楽に縋っているだけの人形である。苦痛を恐れて逃げ惑う弱いだけの生き物。剣を握って生きていた男とはまるで、別人のような様で。
「覇王丸ッ…! 戻って、戻って来いィッ!」
 牙神は苦痛から逃げようとする男の身体をきつく抱き締めて、あまり暴れないようにしながら深く、深く、よく濡らした男の淫穴に己が剛直を穿った。打ち込めば、打ち込む程に男の身体はくたりと力が抜けてしまい、それに反して穴は牙神をきつく離そうとしない。その行為が男に快楽を与えているのだと理解できる。
 ざんばら頭は掴むのに適している。牙神はくしゃりと頭を撫でてから少し乱暴に掴んで更に深く攻め立ててやる。腰を動かせば男は苦しそうに息を吐くが、実に気持ちよさそうに締め付けてくるのだ。


つづきを読む 2011/02/23 23:30:18