続・不器用に光をうたえ

 二人が欲望の儘、腰を振っては果てた後に残る空虚。
 部屋には覇王丸の寝息が響く。変わらず寝息の煩い男である。牙神はいつもの通りぷかり、と煙管から煙を吐き出してぼんやりと気だるい身体を休ませていた。覇王丸の事を考える。目の前に寝こける男は確かに覇王丸なのだが、それでも牙神は物足りなかった。
 思い出す。正気を失う前の覇王丸という男を。
 反吐が出るような『正義』を持っている男であった(胡散臭い外国忍者・ガルフォードとやらには劣るが)。それを恐れる事なく牙神にも強要するかのように、何度も説いてきた阿呆な男である。牙神は数年という年月を共にした同門の男である。彼の人となりを十二分に知っているはずだが、それでも己の正義とやらを語ろうとするこの覇王丸という男は、本物の阿呆なのだろうな、と牙神は思っている。
 反面、覇王丸は狡賢さも備えている男だ。牙神が殺すと斬りかかっても、それを軽く躱す計算性もあった。だが、今の覇王丸には計算も何もない。ただ与えられるものを貪り、不快を厭だと泣く子供である。
 このような男を殺しても、牙神は何も嬉しくはない。諦めない眼をたたえた儘の愚かで、しかし狡くもある『覇王丸』という男を殺してやりたいのだ、と悟った。だからこそ、牙神は彼を助けているのだ。身体を繋げてまで。



 どうして覇王丸ほどの男が正気を取り戻さないのだろう?
 不思議に思わないはずがない。勿論、牙神は彼なりに考えてみた。覇王丸と向き合って抱き合って、看続けながら、それは気長に考え続けた。
 きっと、失われた『三本の指』と『失われた片足』のせいであろう、と。
 勿論、それは牙神が容赦なく斬ったものだった。その時の覇王丸の姿、ありありと思い出す事が出来た。


 あの時、覇王丸は牙神の刀に反射した、朝陽によって眼を細めて何とか目の前の相手を見ようとしていたが、人間の視力というのはそこまで早く物事に追いつかない。急激な光によって殺された覇王丸の視力が回復する前に、牙神は視力を失っている事を感じとって必死に相手に向かって刀を振った。その時、覇王丸の呻きが響き渡った。静かな早朝の事だったからだ。
 その際に奪ったものは半端であった。覇王丸の刀を持つ手の指、三本。
 刀を落とした、からん、という乾いた音が早朝の空に響き渡る。覇王丸が息を呑んだ音すら耳に届いた。あまり静かな場所は死合いには向かないのかもしれない、と僅かながら牙神は思った。
 間髪を入れず、牙神はそれはもういつものように刀を振った。もはや剣を手にし生きてきた者として、それは反射だったのだろうと思う。それと同様に剣を手にして生きてきた者である覇王丸は、片足を引いて攻撃をやり過ごそうとしていたのだろう。引いていた方の足は牙神の一太刀では落とす事ができなかった。だが、一本の脚はその場で覇王丸がおかしな方向に、彼の意思とは全く関係なく倒れていく様で理解できた。
 血飛沫が目映いばかりに朝陽に輝いていた。

 人の身体は重力には逆らえなかった。胸板を足蹴にしながら牙神は覇王丸を見下ろしていた。
「……幻十郎。――ハ、殺せ、よ……………」
 強がった笑いが印象的だった。結局、直ぐに彼は気を失ったのだが。



 正気を取り戻した覇王丸は、片足が無く利き手の指がない己をどう思うのだろうか。
 否、気をやる前の彼は正気だったのだから、己が一部を失っているのか覚えているかも知れない。…もし、覚えていたとしたら、それは奪った牙神を恨んで殺す程の何かがあるのだろうか。それとも、諦めに眼を瞑るだけの無気力な男に成り下がるのだろうか。
 牙神は願いと祈りを込めて、覇王丸の足と指の切り口を激しく愛撫した。よくやるやり方はそこを上唇と下唇で優しく摘まんで、ぢゅっ、と試しに音を立ててからその部位をちゅうちゅうと吸ってやることだった。あまり強くすると薄皮がどうにかなってしまうかも知れないので、口を窄めて激しく吸い付いてやる事はできていない。皮がきちんと張った頃にも覇王丸が同じ状態であったのなら、間違いなく強く激しく切り口を、舐めて吸って己の唾液塗れにしてやることだろう。
「…覇王丸ッ! は、王、ま、るッ! 貴様の血が、驚く面が、腑抜けの面が、苦しむ面が、歪む面がッ、全ての面を、拝んで…ッ、やるゥッ…。それまで、……死ぬなぞ許さんぞッ、覇王丸ッ!」
 何度も、何度も牙神は呼んだ。



 まるで、祈りのように―――。



 そうしながら、びくびくと己の身体震わせながら己の精を吐き出した。
 虚しさを僅か、感じながらも彼の中で何度も、何度も達したのであった。



題:不器用に光をうたえ/クロエ
骨の無くなった相手を思う。間違いだったんじゃないか、と。
それでも愉しみを失わないのは牙神の生き方という奴かもしれない。内心、このままでもそれはそれで、一生愉しめるのではないか?
そう思っていたのかもしれない。それでもなお、以前の相手の血気盛んに攻めてきた様が脳裏に蘇る。忘れる事なんて、できない。
やっぱり、元に戻るべき。
「戻って来い」というセリフには某ドラマの最終回の司馬センセイがライバル医師の死に際を呼び戻そうとする様を意識したもの(悲しいかな、そのドラマではライバルは死に、自分は逆恨みののち刺されてしまう)。
この様子を含めて、やっぱり牙神が後に死ぬなんてありえねえよなあ、って(笑)。