※ ドラッグオンドラグーン(DOD)パロべるぜ

カイム→神崎 フリアエ→二葉 イウヴァルト→姫川 レッドドラゴン→??
な感じでパロってますが、結構設定違うじゃんて感じなんで、DOD知らなくても大丈夫(基本パロネタは知らんでも大丈夫なように書くけどね)

神崎が復讐の鬼で親族の二葉(そのフィアンセは姫川)を守る話

※とうぜん殺しとか混じるので閲覧注意
※意味わからんかったらごめんなさい





 これは伝説の生き物と言われる竜という高等生物がまだいるとされた時代の、日本帝国のお話。
 彼は、あのときの光景を未だに忘れられずにいる。
 あのとき。それは───


「オヤジ! オフクロ!」
 叫んだ声はしんと静まったなかで虚しく響く。彼の父と母はそのとき喪われてしまった。
 竜によって。
 それは誰かがそうすることを命じたのかもしれなかった。だが、幼い彼の脳にそんなことなど届かない。黒き竜が彼の母の、細くて白いその身体を鋭い牙で、ガリリとやる様を目の当たりにしていた。血が、血が溢れて止まらなくなって。母の身体はくたりとしたまま、竜の口からどろりと、垂れるみたいに吐き出される。血もまるで、泥みたいに。
 まさかそのときに母親が死んでいる、だなんて理解できる童子がいるはずもなく。彼はその圧倒的な存在感の黒い竜に目を奪われていた。こいつだけは、忘れてはならない。と彼は思う。深く思う。つよく思う。見ながらも、彼のなかには竜に対する恐怖が植え付けられた。
 竜は、危険だ。竜に殺される、かもしれない。




下手くそな命の使い方





 神崎一こと神崎は、あのときの夢を未だに見る。見たくはないと思いながら、母のことを忘れたくはない、とも思う。それは矛盾しているのだろうか? 自身には計れない複雑な思いのなか、汗だくになった身体を拭うためにシャワー室に向かうのだった。
 神崎の悪夢は、現実のなかだってほんとうは終わってなどいない。神崎はシャワーで己の身体を清めながら思う。親が死んだこと、それはもちろん恨みがましく思うことなのだが。あのとき、彼は家族と呼べる人がいなくなってしまった。姪の二葉を除いては。他の誰もが死んでしまった、そう身に染みる間もなく、二葉は『オシルシ』をその身に受けることとなった。それを神崎が気づいたのは、同じ血族が二人しかいないということに気づいた日から数ヶ月という短さだった。
『オシルシ』。それは刺青に近いものに見えるものの、誰も彫り物をしたわけではない。勝手に浮かび上がるものだった。しかもそれは、二葉の下腹部に浮かび上がったのだった。それを確認することは、神崎にはもちろんできなかったけれど。いくら姪といえど、男と女のことだ、見られたくないところなど山のようにあるだろうことは、無骨な神崎であっても容易に理解できた。
 ちなみに、『女神』と今まで呼ばれていたものが死んだということについて、数日後に神崎らが知らされた。むろん、そのことによって次の『女神』が神崎二葉になったことは明白だった。そのとき二葉は、ショックを受けた顔をして部屋へと引っ込んだ。なぜなら、『女神』になることは、世界の苦痛を味わうことに他ならなかったし、今まで自由だった身も、不自由になるであろうことが容易に想像がついたからである。『女神』といえば聞こえはいいが、国の毒のはけぐちのようなものにしか、そのときの二葉にも、神崎にも思えなかった。
 だが、人の思いなど何の意味もない。どう思うか、など無駄なこと。そこには事実だけがあって、そこで二葉は世界を守るための封印である、『女神』に選ばれたのだということ。それだけが現実として、そこにあったのだった。それでも、親が死んだばかりで、どう生きるべきか分からずにいる神崎は、現実を現実と受け止めるにはあまりに幼く、あまりに世間を知らなかった。分かっている者ならば一笑して終わるようなことを、平気で願う。神崎は二葉に寄って告げる。つよい思いで。
「二葉! オレ、絶対に諦めねぇから! あの竜を殺すまでは。仇、とるまでは」

 その日からというもの、神崎たちの築いてきた組織、恵林気会は没落していった。そこから神崎の悪夢が始まった。そして、それは終わることない現実として立ちはだかっている。
 神崎は縮小化し、ほとんどかたちを持たず、ただ神崎一がいるというだけで集っている恵林気会の残党をわずかに携えて、仇討ちとも銘打たない殺戮へと身を費やしていった。そう、あの日から神崎もまた狂気に身を焦がしていたのである。恵林気会を潰そうとしたのが国だったと知った彼は、まずは国の手足となる警察軍を完膚なきまでに叩き潰すことをこころに誓ったのだった。それは亡き父のために、母のために。会にいた仲間たちのために。そして、二葉のため。なにより、自分の気持ちを満たすために。


 浴びる。血を浴びる。そのことがさらに神崎のなかに眠る狂気を呼び覚ます。むろん誰彼構わずということではない。敵だと思えばそれは釘バッドを振り抜き、頭ごと吹き飛ばすなどわけもなくやった。彼のなかには敵であればそれでよいと、その思いしかなかった。己を、二葉を護ることは殺すことに他ならない。返り血でその身を濡らし、神崎は口角を上げ歪んだ笑みを浮かべた。その姿を見たものはゾッとして逃げるか、容赦なく殺された。だが、あの黒い竜の姿は見えない。どこの組織と戦っても。それが警察軍以外の組織であっても、あの黒竜は見えない。ただあの竜と、国が放ってくる組織らの血をいくら浴びても、神崎の眼は復讐の色を濃くするばかりだった。
 そんななか、二葉はある意味ではホッとしてもいた。実は数年前、親からいわれていた結婚の話があった。それは政略結婚ともいえるものだった。相手は姫川財閥の御曹司・竜也との婚姻。金のためだと誰もが知っていた。歳もかなり離れていたし、気にくわないやつだとも思っていた。なにより二葉にはどうしても結婚したくない理由があった。それはいえない思いが彼女の身を焦がしていたからだ。だが親が死に、『オシルシ』が出たことでその話は立ち消えになった。世の苦しみなどをその身に受ける役目、『女神』となるものとなったことで二葉は人としての生活を手放すしかなくなった。やりたいことは沢山あったというのに。彼女は人知れず独り、泣いた。姫川のものにならなかったことにはホッとしたものの、『女神』になることだって嫌だと、それは不謹慎にも思った。この忌まわしい『オシルシ』が誰かに移ってしまえばいいのに、と願わない夜はない。また彼女も神崎とは違った意味で怨みを深く募らせていたのである。二葉の真意を悟ることなく、神崎は人を、そして化け物と呼ばれる亜人らを殺す道へと足を踏み入れていったのだった。


*****


 姫川は詳細を知っている。だが、当人自身、二葉の気持ちについては知らないまでも、両親が勝手にしたことだということをわかっていた。また、婚姻自体が金のためであることについても理解していた。彼女を想う気持ちはさほどない。むろん、愛情など湧くはずもなかった。だが、彼女が『女神』になった日、見る目が変わったのはたしかだ。
 姫川は思い出す。新しい『女神』が生まれた日、その日は嵐のように風と雨が吹き荒れた暗い日だった。昼間だというのに、まるで夕刻のような薄ぼんやりとした荒れ果てた家屋のなか、二人はごうごうという音を聞いていた。窓に降り注ぐ雨粒がばたばたと叩きつけるように周りの風景を滲ませていった。「今日はうごけない」と姫川がいった。ほんとうはこの場所からはやく逃げ出す必要があった。組を潰したやつらの追撃が面倒なものになっていた。なにより姫川の家に行けば二葉の身は安全なはずだからだ。分かってはいてもこの天候では足止めを食うに決まっていた。
「だいじょうぶ」二葉は唐突にそんなことをいった。姫川はその浅はかな子供らしさを愛でる気にはなれず首を横に振った。「ちがう」と二葉はその場で一枚いちまい着ているものを、はらりはらりと舞い落ちる木の葉のように脱ぎ捨てていった。急に性にでも目覚めたのだろうか。息を詰めたまま幼さの残る女の身体を、恥じることもなくまじまじと姫川は見やった。いくらかはふくよかになりつつあるその身体を蹂躙するのは姫川の役目なのだろうかと思うと、それはじんわりと頭の裏側に熱を持つような不思議な気持ちにも感じられる。だからといってそれを見ても欲情はしない。思いと体はいつもちぐはぐでうまくいかないなと思った。
 ちいさな胸に豆粒みたいな乳首がひとつずつ並ぶ。こういう幼い子供にしか欲情しないジジイがいるのだと思うと、わけもなく嫌悪感でいっぱいになり、口のなかにいやな唾が溜まった。だが、肌は穢れがなくつるりとして白くてきれいだ。このきめ細かな肌に触れたい気持ちはわかる。この肌は、どこか神崎一、彼女のおじの存在を思い起こさせた。首の後ろにトリハダが立つ。ぞわり。どうして、こんなことを思ったんだろうか? 姫川はストンと落ちていくスカートが、女の足下でくちゃりとゆがむ様をぼんやりと見ていた。その脚の付け根にあるそこを見たいとは思わなかった。だが、お構いなしに二葉は最後の砦とも言える下着すらをも剥ぎ取って足下に落としてしまう。仕方なくその生まれたままの姿を、姫川は見た。
「────っ、」
 言葉にも、声にもならなかった。ただ、雨と雷の音がそこかしこで聞こえていた。下腹部のそこには刺青のような紋様があった。その紋様はまるで契約者の印のような暗号みたいな文字に似たなにかだった。円形を起とした複雑な紋が彼女の女性の部分を覆い隠さんとしているようだ。その紋のせいでそこがどうなっているのか、下生えはあるのか、そういう当たり前のことが分からない。あるいは、もっと近づいて触ってよく見れば分かるのだろうが、姫川にはそこまでして知りたいとは思わなかった。その場で目だけ彼女に向けたまま、気持ちを落ち着かせようとする。だが、その紋様からは目が離せなかった。
「でた、んだ…。『オシルシ』が」
 二葉の声が震えていた。初めて見た彼女の裸など、姫川はどうでもよかった。生まれて初めて見た『オシルシ』に目を奪われていた。それは静謐に、まるで今までもそこにあったかのように有り、彼女の中心を覆っていた。複雑な紋様が彼女を『女神』へと押し上げているかのように、存在している。これで結婚の話も立ち消えになった、と姫川は頷いた。それは二葉が望んだことだったと、彼は知っているから。だが、望んだのは二葉の親ではないのか。そしてまた、神崎組として遺された、彼女のおじである一もまた。それを知っているはず、だのに二葉は姫川と一緒になることをこころの奥で拒み続けていた。彼女の願いとはべつのかたちでそれは叶ったわけだが。
「許嫁ではなくなったが、俺たちはお前を守らなきゃならない」
 姫川はそういった。そんな言葉が聞きたかったわけじゃない。二葉は泣きそうな顔で唇を噛んだ。なにかに耐える顔は、おじの一とよく似ている。いつだって姫川は二葉を見るときは神崎を透かして見ている。歩み寄って服を手渡す。「はやく着ろ」と。二葉はおずおずそれを受け取るものの、下着をつける手さばきがまだ不慣れで覚束ない。どこまでもガキんちょにしか見えないその身体には不釣り合いの紋様は、背伸びをしたがる子供の手助けのように映った。
「…えっち、すけべ、変態」
「結婚しねぇって」
 だから当然、エッチですけべで変態なことなんてするはずがない。そういう意味で言ったというのに。
 冷たく光る、彼女の目を見たのは、実は姫川にとっては初めてのことだった。その視線を見て、気づいた。敵意にも似た、尖った感情をぶつけられている。だからこそ先に言った言葉はギャグでは済まされない言葉になっている。性的な意味合いを含む言葉と、嫌悪を示すその語について、誰がそこまで深く考えるだろうか。この非常事態で。重くのしかかる言葉は意外にも安っぽい。だったら、すこし恐怖を煽るのもいいかもしれない、と姫川は悪い悪戯心に火をつけた。急に服を着けたばかりの二葉に寄りその小さな身体をいとも簡単に抱きすくめ、すべすべの額に唇を寄せた。二葉は一瞬のことに身を固める以外なにもできず息を止めたままでいた。ただ、姫川の唇は思っていたよりも柔らかく、温かだった。それが二葉にとっては意外に思えた。自分と同じように生きていて、同じように血潮も通っているというのに、そう感じられなかったのはなぜだろうか。それを瞬間、思わずにはいられなかった。すぐに離れていく身体は二葉よりも随分と大きくて、どこか懐かしさすら覚える。ただ、視線を彷徨わせ彼を見据えた。
「バカにすっからだ」
 姫川は目を合わさずそれだけ告げた。二葉はそんな彼を見続けていた。ほんとうは聞きたいことがあった。どうしてこの姫川竜也というひとは、あまり利点のなさそうな結婚に承諾したのか。今までほぼ触れても来なかったというのに。聞きたいと思いながらも反面、聞きたくもないとも思った。だから二葉は言葉を失った。
「で? 言ったのか。神崎に」
 二葉は当然といった感じで頷いた。誰よりも信頼の置ける彼に一番最初に言った。驚いた顔をした神崎は、それでも平静を装いながら「…そうか」と言っただけだった。『女神』になんてなりたくなかった。そんなこといったってなってしまった以上、誰も何もできないことは明確。変わらない現実があるだけ。目の前が真っ暗になる気持ちというのはこういうものなのだ、と二葉は生まれて初めて思い知った。自分というものがなくなる感覚。
「んな面しなくったって、変わんねーよ。すくなくとも、俺とアイツはな」



*****


 狂気に満ちていく。血を浴びるたびに、それは快感に変わっていく。いつの間にか神崎の精神も、身体もそれを求めている。自分が変わっていくのがわかる。だが、その姿を二葉には、二葉だけには見せたくないとも思う。きっと殺人鬼のように映るだろうから。どうか、あの穢れなきこころにだけは見えないように。やつらを殺しているときは二葉のことだって忘れているのだということも、実は目を背けたい現実だ。ひと飛沫浴びるたび、闇に堕ちていく。音もなく。仲間たち以外の敵のすべては、ただの殺すべき生でしかない。奪われるために存在する生命。剣や刀で切り裂くのもそう、槍で突くのもそう。飛び散った内臓を足で踏みつけながら叩き潰すことにいつしか酔いしれていた。
 気づくと、手に取れるものはなんだって武器になった。道端の石ころは飛び道具になるし、どこかの誰かの持ち物の箒なんかは不意打ちに最適の一撃しか使えない武器になる。頭をかち割るには頼りないけれど、狼狽させるにはもってこいの殺傷能力の薄い武器。杖もあまり役には立たないが、たまに魔力が込められているものもあるから侮れない。むざむざ壊すには惜しい武器となる。もちろん得意の飛び蹴りからの近距離打撃戦だってアリだ。相手が飛び道具持ちだと厄介で、近くまでに傷をいくつも作ることだってあるが、それも殺しまでのプロセスだと思えば軽いもの。そして、いくら殺したって軽いもの。

 だが、人の力には限界がある。二葉が『女神』に選ばれたことでさらに道は違えてしまった。復讐に身を焦がすには、人類滅亡を防ぐ「封印」の役割を果たすその存在は崇め奉られ、そして人々のために死することを意味している。『女神』とは、見たこともない人々のために体を張って死ぬ女性のことだ。勝手に選ばれて、勝手に封印とされる。彼女の身体に封印が施される。それは痛みや苦しみを伴うものであるから、まだ齢十四という年齢で選ばれてしまった彼女は、その身を文字通りもって受け続ける。生きている限り。人類を守るためにただその小さな身体を投げ出し耐えるしかない。
 それはある意味では光栄なことで、素晴らしいことだ。その日から二葉は神のように崇められることになったのだから。だが、それを利用しようとする輩も数多くいる。その立場は政治利用されやすいため、反対に身の危険が増えた。それは『女神』は幽閉され、神官らとともに暮らすことを義務付けられているからだ。嫌がる二葉を国の部隊らが奪おうとするのは必然。そして別の政治利用の側の団体からも追っ手が来るようになった。それは神崎の殺戮が繰り返される日々となった。
 だが、それは長くは続かなかった。

「はじめ。オレ、やっぱり行くよ」
 ガツンと頭を後ろから殴られたような気分。神崎はそれでも頷くしかなかった。今まで聞いてきた『女神』は痛みを伴うものだということは分かっていた。どんな痛みなのかは分からない。女の生理というやつともまた違う痛みなのだろうし、それも人それぞれなのだと聞いた。だから男であり『女神』でない神崎には分かるはずもないし、どんなものなのかすら想像もできないのだった。だから、その痛みに耐えかねて言い出したのかもしれない。言わないだけで。そう思ったので、神崎はその理由を聞かなかった。痛みが彼女を変えているであろうことは、おとなしくなってしまったことでも容易に理解できたから。だから引き止めなかった。
「──…そうか、分かった」
 二葉が『女神』として生きると決めた瞬間だった。頷くしかなかった。そのときの二葉の表情が曇っていることが分かっていても、それでも。痛みに人は耐えきれない。ましてや、まだ齢十四の幼い身体なのだから。
「それで、…どこいけばいい?」
 それが子供だと、神崎はいつも思うのだが。
 それが、親が死んで三ヶ月ほど経ってからのことだった。悲しむヒマもないだなんて。そう思うと家柄についての運命を呪いたくもなる。しかし親が先に死ぬのは当たり前のことなだけに、そう浸っているのも甘ちゃんな気もする。そんなこんなな思いを抱え、神崎は二葉を預けるべき機関へと郵送で連絡を取り、迎えが来るまで守り続けたのだった。



 あれから、五年ほど日々が過ぎた。
 神崎は国に敵対する連合軍の傭兵になっていた。それしか食いぶちがないのだ。あれだけ追いかけ回された奴らからの追跡は、二葉を国の機関に預けてからというもの、なにもなくなっていた。
 神崎は姫川のツテで帝国軍兵の下っ端につくことができたのだが、姫川ともほとんど会うことがない。年に一度もないくらい。そんな感じで五年ほど、もう経った。神崎は姫川とも、二葉ともほとんど会っていない。会いたいと思っても、血を浴びるたびにそれを忘れていく。だが、復讐心は忘れない。誰か別のものたちを殺しながらでも、それは連結した記憶かのように忘れないでいられる。組を奪ったやつらのことを。その暴虐の限りを。流れた血についても。


 そんな日を送っているとき、神崎は連合軍で働くなか、別の部隊にいる背も高く体格のいい男の姿に目をとめた。それは神崎がよく見知った姿。だが、声をかけるのは憚られた。なぜなら、恵林気会にいたものだったからだ。神崎といっしょに堕ちていった彼にどんな言葉をかければいいのか、それを神崎は分からなかったのだった。
 しかし、それを打ち破ったのは神崎を見つけたその男自身に他ならなかった。
「神崎さん」
 低い声は神崎の耳にやさしい。どこか懐かしさすら覚える声。神崎はそうであればどんなにいいだろうかと思ったあまり、聞こえてしまった空耳だと感じた。仲間たちのいなくなったこの現状で、心細さが出てしまったんだと自分を律するように神崎は感じてしまうのだった。だが、まだ聞こえる。
「神崎さん!」
 神崎は仕方なしに振り返った。無駄なことだと知りながら。だが、そこには見知った彼の姿があった。恵林気会で神崎の隣についていた彼。ぬぼーっとデカいが気は優しく、神崎を慕う舎弟分。だが、神崎は当時それを認めなかった。周りはそうであると信じて疑わなかったというのに。なぜならば、神崎自身が舎弟をもつつもりがなかったことと、気恥ずかしい気持ちがあったからだ。まだまだ舎弟をもてる身分ではないと自身で分かっていたから。だが、何年も仲間たちと別々になって会う、元の仲間に会うことは類にもれず嬉しいものだった。堪らず彼の名を過去のように呼んでいた。
「城山かァ」
 その瞬間、城山の涙腺は崩壊した。変わらず、暑苦しいヤツ。ドバドバと涙と鼻水にまみれた黒くうす汚れた顔がくしゃくしゃに歪んで、それは神崎の真ん前で屈んだ。いつだってこの城山という男は神崎に合わせて身を屈めて今か今かと、命令を言いつけを、否、ただ神崎の言葉のみを待っていた。それがあまりに懐かしい。頭をごつんとやっても、城山にはたいして効き目はないらしい。慣れているというのもあるのだろうが。
「泣くんじゃねえよ、バカみてーなツラしやがって」
 呼吸をするたびにひくひくと蠢く鼻の頭がどこかマヌケに見えた。
「生きてらして……ほんとうに、よかった」
「死ぬわきゃねぇだろうがよ」
 だが殺した。その言葉は出かかったものの、神崎はすんでのところで飲み込んだ。どうしてそんなことをわざわざいわなければならないのか。城山だって同じように血を浴びて生きてきただろうに。
「神崎さん、風の噂で聞きました。二葉さんが………ってほんとう、ですか?」
 城山の太い声がわずかに震えている。その先を聞くのが怖いのだ。神崎は唇を噛んで黙ったまま頷くことで返した。その態度を見れば城山も、言葉を失うしかなかった。まさか身内が『女神』になるなんてことがあり得るだなんて。それは誰にとっても、想像できない未来だからだ。
「だからこそ、俺たちは戦ってんだろうが…!」
 連合軍はすくなくとも、帝国軍から二葉を守るために存在している。二葉が政治利用などされないために。人類が滅びないために祈る二葉のために。二葉の思いなどそっちのけで。なにより、『女神』が選ばれし人間であることなど、周知の事実のはずだのに、理解されていない現実だ。身内が選ばれて初めてその現実に直面し、残酷な事態に言葉を失うのだ。『女神』がなにに祈っているのかなどと考えもしなかった過去を嘆くのだ。


つづきを読む 2017/10/29 15:37:05