FF夢


 4-01





「ここは・・・」


ふわり、と意識が浮上したのを感じて、私は重たい瞼を開いた。

頭上にある医療用のライトが真っ白な光を放っている。
眩しさに若干の眩暈と頭痛を感じながら、私は自分の状態を確認する。

身体の下にあるのは少し堅めのベッド、腕や胸に無数のコードが繋がっている。
まるで病院だ、と思いながら左右を見渡すと、私はどこかの研究所のような場所にいることがわかった。


(ここはどこ?わたしはだれ?なんて、本当に考えるとは思わなかった・・・)

勿論、自分が誰かは分かっているもののここが何処だかはわからない。
まぁ・・・十中八九神羅カンパニーの所有する施設だろうと予想はつく。


(さぁてと・・・どういった対応をしましょうか。やっぱり一番便利なのは記憶喪失パターンかな)


"もし自分が神羅に捕まったら"なんて、幾度となくシミュレートしてきた。
その時の作戦もいくつか考えていたのだが、如何せん頭が働かない。
しばらくぼーっ、と考え事をしていると、パタパタと足音が近づいてきた。


「目が覚めたかい?意識はあるかな?自分の名前と僕の性別を言ってごらん」

にゅっ、と私の視界に現れた男性は白衣を着ていて、物腰柔らかそうな顔をしていた。

「・・・意識はあります。あなたは、男性で・・・私の名前は・・・・・・ごめんなさい、わかりません」
「おや、そうかい? 気にしないで、君の名前は奈々さん、だよ」

もう私の顔とデータが出ているらしい。
そういえば以前ミッドガルの上層部へ来るために、レノにIDカードを作ってもらったんだっけ。
おそらくそのデータがあるのだろう。


「奈々、ですか」
「意識はハッキリしているみたいだね。ちょっと待ってて、いくつか器具を外すから」

真っ直ぐ目を見てニッコリと笑う科学者に毒気を抜かれ、少し身体の力が抜ける。
しばらくすると、身体を取り巻いていたコードがいくつか取り払われ、口元についていた酸素供給のマスクも無くなった。


「なんか、消毒液くさい・・・」
「ははは・・・悪いね。この部屋は医療関係の研究室だから薬の匂いが強いんだ」
「そうですか。道理で」
「うんうん、ちゃんと会話できてるね」

私の顔をまじまじと見て一人で頷いている男性。よく見ればそれなりのイケメンさんだった。

それにしても・・・"病室"ではなく"研究室"とは。
ぽろっと口から出た言葉は結構重要なワードで。この人は腹黒タイプではなく、結構快活で単純な性格らしい。

白衣キャラのテンプレ通り、腹黒メガネとか鬼畜眼鏡とかだったら・・・

そこまで考えて思考をストップさせる。
記憶喪失と言ってしまった以上、何かを考えている素振りは見せない方が良い。

「大丈夫かい?ちょっとぼーっとしてたみたいだケド」
「あ、いえ、大丈夫です。状況がいまいちわからなくって。・・・私、どうしてこんな場所に?」
「ん、ああ。そうだよね・・・実は君、ミッドガル周辺のエリアに倒れていたらしいんだ。体中傷だらけ、足には弾痕、血液不足・・・結構ヤバかったんだよー。オペは9時間ちょいだったケド、その後あまり状態が芳しくなくってね」

ペラペラとよく回る口に感謝しつつ、私は彼の言葉に集中した。
"私は記憶喪失、私は何も知らない、私は何も分からない"と念じながら演技を続ける。


「あの、すいません、ミッドガルっていうのはこのへんの地名ですか?それとも建物の?」
「んー、ああ、ミッドガルはね、大都市の名前だよ。まぁエリアの名前でもあるけど・・・君が倒れていたのは大都市の方の近く」
「だから、発見してもらえたんですね」
「だねー。ついでに言うと、君がいるこの施設は神羅カンパニーの社内にある。神羅っていうのは世界中に進出している企業の名前でミッドガルの中心部に・・・」


彼の言う"ついで"はとても長く、神羅の創成から今までの歴史や世界にどう影響しているのか、更に会社の裏事情や各部署の役割など。
私がわからない単語もいくつか出てきて、その度に余分な説明が割り込むので、彼が口を閉じる頃には2時間近くが経過していた。


「と、まぁ。こんな感じだね」
「要するに、スゴイんですね・・・」
「そっ!そのスゴイ神羅の中で第一線を行っている医療・科学部署は更にスゴイんだよ。勿論、ここのコトね」
「へぇ・・・」
「あっ、ごめん、今まで名前教えるの忘れてたよ。僕はレイン、医療開発部の部長やってマス」

ピシッと白衣の襟を直して自己紹介するレインさん。
この大企業の中で部長、とは中々優秀らしい。


「うーん、意識はしっかり。心拍も血圧も何ら異常ナシ・・・とすると、これは全部取っちゃっても平気だね」

レインさんはひとりでうんうんと頷きながら私を取り巻くコードの数々を全て取り払っていった。
点滴のような物を取り外す時は、腕にちくりとした痛みが走ったが、今まで傷だらけな生活を送ってきたおかげで、全く気にならなくなっていた。


「じゃあ、僕は部屋から出ているからこのワンピースに着替えてね。着方はわかるかい?」
「はい・・・大丈夫です」
「うん、じゃあ準備できたら合図をして」

手渡された真っ白なワンピースを広げると、それはツヤツヤとした上質の布でできていた。
腰あたりはベルトで区切ってあり、ベルトより下はふわふわのシフォン生地が何層も重なっている。

所々にレースの加工がしてある。それも機械で糸を加工したものではなく、きちんと編みこまれた本物だった。
すごいなぁ・・・と若干恐縮しながら、その上質なワンピースに袖をとおした。


ぴったりと体にフィットするワンピースを着て、その場でくるくる回ってみると、視界の端に金色の何かを発見した。
先ほどまでレインさんが座っていた椅子の上に一足のミュールが置いてある。きっとそれだ。
上品なシャンパンゴールドで、白いワンピースによく合う綺麗なものだった。

思わず目を奪われる綺麗さだが、ミュールとは本来デザインを重視した靴でありその殆どがハイヒールまたはピンヒールでできている。

この靴も例外ではないようで、細い7cmほどのヒールが靴の下できらめいていた。
澄んだ金色のヒール部分は、鼈甲のようなあめ色だったが、如何せん今まで動きやすさを重視した靴だけ履いてきただけあって、とてつもなく歩きにくい。

しかし、出された服に文句を言える立場でもないのでそのままつま先に力を入れて耐える。
そんなに高い方じゃないし・・・と自分に言い聞かせながら、扉の方まで慎重に歩いた。
そしてドアの前で待ちぼうけを喰らっているであろう、レインさんに声をかけるため扉を少し開く。


「あの、着替えました」
「ん?よし、じゃあ入るよー」

ベッドが置いてある部屋に入ってきたレインさんは、私の頭からつま先までをじっくり見まわしてから、満足げに息を吐いて、何度か頷いた。

「やっぱり僕の見立ては正しかったよ、最高に清楚で上品でエレガントだ!」
「あ、ありがとうございます。とっても素敵ですね、これ」
「君もそう思う?よーく似合っているよ、だから背筋を伸ばして前を向く!」
「はいっ」

慣れないハイヒールに足を取られて、生まれたての小鹿にならないよう気を配りながら背筋を伸ばす。
レインさんはにっこり笑って、私の背中を優しく押しながら部屋を後にした。

私はその腕に導かれるまま着いていくしかなく、足元に集中しながら歩き出す。


エレベーターで上の階に上がり、長く静かな通路を通っていくと次第に周りの景色が変わってきた。
今までは近代的て冷たいイメージの社内だったが、今見ている光景はまるで高級ホテルの通路を歩いているようだった。

「あの、ここはどんな場所なんですか?さっきと随分雰囲気が違うみたいですけど・・・」
「んー?ここはね、社宅・・・と言うべきかなぁ。神羅カンパニーの社員が住んでいるブースなんだ」
「社宅?社宅って、会社の中にあるものなんですか?」
「いやー、普通は違うね。神羅カンパニーも一般用の社宅は会社の敷地外にあるよ。ここは重役の中でもかなり一握りの人間が住んでいるんだ」
「へぇ・・・」
「今はほとんど無人の部屋ばかりだけど、うーん・・・確か以前は、あの英雄セフィロスもここに住んでいたよ」
「セフィロス?」
「あー、ごめんね。セフィロスっていうのは、神羅カンパニー始まって以来のエリート社員だよ!今はもういないけどね」

本当は知っているけど、知らないふりというのは本気で気が抜けない。
今も咄嗟に聞き返して事なきことを得たが、ぼーっとしていたら一瞬で足元をすくわれてしまう。

気を引き締めなくては。と自分に言い聞かせてから、レインさんに案内されたドアの前で立ち止まる。


「さて、ここが君の生活する特別なルームだよ。鍵は無いけど指紋認証があるから登録しようか。このパネルに指を5本当てて・・・そうそう。次からはこうすればドアが開くからね」

レインさんがペラペラと喋りながら登録の作業をする。
掌がそのまま置けるくらいの黒いパネルに手を置くと、赤い光が私の指紋をスキャンする。
それが終わると同時に、レインさんはパネル横のキーボードのようなものを操作する。

ピピー、という電子音と共に開く扉。
その向こうには思いがけない光景が広がっていた。



アイボリーを基調にした、シックでエレガントな室内。
そこには視認できるだけでも3つのドアがあり、そのどれもが茶金色の美しい細工が施されたものだった。
ドア一枚でいったい幾らするんだろう・・・と若干恐ろしくなりながらも、それを表に出さずに部屋の中へ入る。

こういうところはアメリカンスタイルのようで、固めの床を靴のまま歩く。
何処かにぶつけて傷つけてしまいそうで、ここで生活するときは絶対にスリッパをはこうと決意した。


「この中なら自由に行き来して良いよ。ただし、さっきの扉から出るときは必ず僕に連絡するコト。ここがリビングで、向こうのドアが寝室。あれがバスルームとパウダールーム。あっちは娯楽室だよ。向こうの通路からキッチンに行けるケド、火や刃物は危ないから触らないでね。お腹が空いたときも僕に連絡だよ」
「はい、何かあったら、連絡します」
「うん、イイ子イイ子。」

ニコニコしながら私の頭を撫でるレインさんは、きっと私の事を結構年下に見ているのだろう。
今度それとなく聞いてみよう、と思った。

そのあとレインさんの元に直接繋がる携帯電話を手渡された。
彼も忙しいのか、簡単な説明だけして「後は自分で歩き回ってみるとイイよ!」とだけ言い残して部屋から出て行った。



一人になった私は、とりあえずその場で靴を脱ぐ。
ペタン、と床に足をつけると冷たさが伝わってくるが、細いヒールでフラフラ歩くよりはずっといい。

ミュールを手に持ったまま、部屋の中を歩いてみる。
ベッドルーム、ドレスルーム、バスルーム、トイレ、娯楽室、キッチン。
全ての部屋を回って大体の間取りを把握してから、ベッドルームに入った。

クイーンサイズの白くてふかふかなベッドが鎮座する寝室は、とても広々としている。
個人的に私は、ベッドで壁側を向いて丸まって眠るタイプなので、これはとても落ち着かない。
そしてもっと驚いたのが、寝室にあるクローゼットだった。
この寝室はドレスルームも兼用しているようで、クローゼットの中は5畳ほどの広さになっている。
私、この中で生活したい・・・と密かな願いを胸の中に仕舞い込み、その中を見て回る。

手に持っているミュールを靴箱の中に収納し、ハンガーにかかっている無数の服に視線を移す。


カジュアルなものからフォーマルなものまで、幅広く取り揃えてある服は全て質が良く高級品らしい。
その中で一番シンプルで楽そうなワンピースを取り出し、今まで着ていたものを脱ぐ。

何気なく姿見をチェックすると、そこには下着姿の自分が写し出されていた。

この世界にくる前はインドア生活が祟り、結構たるんだ体型をしていた。
だが、最近はひっきりなしにバトルやトレーニングを積んでいたので、久しぶりに見る自分の全体像は、少しどころかかなり嬉しいスタイルになっていた。

(やっぱり、食事制限ナシで運動して痩せると締まるなぁ・・・剣を使い始めてから腰の捻りも多くなったから、くびれもできたし胸も結構・・・うん、私頑張った!頑張ったぞ!)

鏡を見ながら自分の身体をくまなく観察する。
良く見ると、私の全身にあった細かい傷の数々が殆どなくなっている。
唯一目につくのは、太ももに残った弾痕。だがそれも、じきに消えてなくなるだろう。

研究室で気を失っている間に治療されたのだろうか、と首を傾げてみるがわからない。
まぁ、傷が無くなったことは良い事だと自己完結して、再び目の前の自分を見つめる。


すると、何故今まで気が付かなかったのだろうか。
自分の目の色が若干変わっているのがわかった。
光が当たるように角度を調節しながら、己の瞳を見つめる。

黒かった瞳は、今や濃い群青色に変化していた。
鮮やかな藍色ではないので、魔晄に漬けられたというわけではないのか。
それともごく少量の魔晄によって色が変わったのか。


分からないことだらけの中で、混乱してきた思考を一旦リセットするため、私はワンピースを手早く着てからベッドに沈み込んだ。






prev | indexnext