FF夢


 9-02



デンゼルと別れを惜しみながら出発した私は、早くも己の体の限界を感じていた。
頭では理解していたが、この大怪我が五日やそこらで治るはずがない。痛みは我慢すればいいだけだが、貧血による眩暈や倦怠感はどうにもならない。情けなくフラフラと千鳥足になる体に鞭を打ちながら、私は何とか歩みを進め続けた。

「そもそも、何で怪我が治らないんだろう…教えて詳しいひと…」

ぐわんぐわんと揺れ続ける視界に酔った私は、ずるりと力を無くしてその場に座り込む。一度座り込んでしまうと、もう立ち上がる気力は沸いてこなかった。
私は白く濁っていく視界を見続けるのが嫌になり、誘われるように目を閉じた。


次に私が目を開けたのは、周りに何もない真っ白な空間だった。足元を見ると、私が立っている場所にだけ乾いた土が敷かれている。なんとも不思議だが、どことなく既視感があるのはなぜだろう。
ぼんやりと周りを見渡していると、背後からピキピキという音が響いてきた。水が凍り付いていくようなこの音、聞き覚えがありすぎる。
ゆっくり振り返れば、背後には美しいクリスタルの表皮を携えたベリルウェポンが静かに立っていた。以前話したときよりは小さいが、それでも私より遥かに大きなその姿を見上げていると『特異点よ』と私に呼びかける声が響いた。

「この間ぶりだね、ベリル」
『貴様の問いに応えよう』

もしやベリルウェポンは先ほど私が発した「教えて詳しいひと…」というふざけた問いかけに答えるために現れてくれたのだろうか。なんといいひと。いや、人ではないか。いいウェポン。

「優しいかよ…あ、じゃあいくつか質問させて? まず、この傷は何で治らないの? 魔法が効かなくて」
『償いの傷は我が結びし呪い 古の民の力では治せぬもの』

古の民の力…つまり、古代種が使っていたとされる魔法のことだろうか。予想していた通り、この傷は自然治癒でしか回復しないらしい。

「なるほど…あと、この場所って何? 前に話した時もこういう真っ白な場所だったよね」
『ここは狭間 人と我らの生きる次元は表裏一体であるが そこに流るる時は全く違う 故にこうして互いの次元を繋ぐ狭間を創る』
「…それって、もしかしてだけど、浦島太郎になったりするの? この狭間から元の世界に帰ったら時間が過ぎてた、とか」
『左様』

ベリルが発した肯定の言葉に、私は「それでかーっ!」と大声を上げた。ずっと違和感はあったのだ。デンゼルの姿を見た時に感じた疑問がようやく解決した。いくらなんでも星痕の進行が速すぎると違和感を抱いていたが、星痕の進行が速いのではなく私が時間旅行していたようだ。
そうだとしたら、私が姿を消したまま一体何ヶ月が経過したのだろうか。ベリルがご丁寧にも私たちの世界と向こうの世界の時間の流れの相違を語ってくれているが、今の私にはもうそんなことはどうだっていい。
これ、早く帰らないとヤバくないか?

「あの! 今すぐ帰らせてくれない!? あともう二度とこの空間に呼ばないで頂けますかね!?」
『随分と焦っているな』
「当たり前でしょうがー! 早く早く、アドベントチルドレンが始まってしまう!」

突然わぁわぁと騒ぎ始めた私を不思議そうに見ていたベリルだが『望むのならばそうしよう』と言って私に手をかざす。透明で巨大な手が私の頭上に広がった瞬間、再び視界がホワイトアウトした。
どうかどうか、AC開始前の時間に戻れますように。そう祈りながら、私は意識を手放した。



***



暗い視界の中で、なんだかぬるま湯に浸かっているような心地よい感覚がした。
体の痛みは殆ど消え、ふわふわと宙に浮いているような夢見心地に身を委ねていたが、意識が徐々に覚醒していくのと同時にこの状況に疑問を抱き始めた。
やたらと瞼が重いし、私の体を包んでいるこの心地よいものは何なのだろう。そもそも私はどこに存在しているのだろうか。

固く閉ざしていた瞼をこじ開けると、目の前に広がっていたのは一面の明緑色。その光が魔晄であることはすぐに理解できた。
そのまま手を伸ばしてみれば、私の周りをぐるりと硬質な壁が取り囲んでいることがわかる。魔晄がたっぷり入った実験カプセルか何かの中にいるのだろう。とすると、私を魔晄漬けにする人間がすぐ傍にいるはず。魔晄によってぼやぼやとボヤける景色の中に、白い服を着た人物が二人ほどいるのが分かった。あの人物は九割九分の確率で神羅カンパニーの関係者だろう。

また人体実験されているのか、と少々忌々しく感じた私はなんとか身を捩って目の前のガラスと思わしき壁を蹴り飛ばす。するとモーター音のようなものが響き、魔晄がどこかへと排出され始めた。
一気に肌寒さを感じた私は自分の腕を擦り、そして初めて自分が全裸であることに気が付いた。

待ったをかける間もなくカプセルが開き、支えを失った私の体が硬い床の上にコロリと投げ出される。何が何だか分からないまま素っ裸で無様に投げ出され、もう散々だ。
私は打ち付けた個所を擦りながら痛みに悶え、そして己の膝を抱えて座り込んで自分自身を隠した。

「活きが良いな。死にかけていたというのに」

私の耳に飛び込んできた大川透…もとい、ルーファウス神羅その人の声。体を丸めたまま見上げれば、電動の車椅子に乗ったルーファウスが白い布の間から私のことを見下ろしていた。
魔晄という時点で薄々予想はしていたが、やはりこの男が居たか。

「ほぉら、僕の言った通りでしょう! 彼女の魔晄に対する適応力は素晴らしいものだ!」

ルーファウスに引き続いて聞こえてきたのは、こちらも聞き覚えのある声。軽薄な響きを持つその声の主は、ダークグレーの髪をおしゃれにセットした白衣の男性…レイン・アンブレラだ。彼は私を見ながら興奮した様子で喋っている。

「回復魔法の類が全く効かなかったのは困ったけど、君が魔晄に適合していることを思い出してね! 以前よりも魔晄濃度を上げてみたんだけど、どうかな?」
「あまり変化は感じないですね…というか、実験台にされた身としては何とも言い難いです」
「失敬な! これは実験などではなく臨床試験だよ。あのマッドサイエンテイストと一緒にしないでくれたまえ!」

ぷりぷりと怒るレインに「はぁ」としか返せなかったが私は悪くない。
こうしてホイホイ魔晄漬けにされているが、大前提として魔晄は人体に悪影響を及ぼす恐れのあるものだ。確かに実験体を選んでいる時点で多少は人道的ではあるが、本人の了承もなく臨床試験を行うんじゃないと意義を申し立てたい。

何やら勝手に議論を繰り広げて盛り上がっているレインに、私は小さな声で「あの、とりあえず布とか服とか頂きたいんですが」と文句を言った。


レインに服を一式もらったあと、この場所についての説明を受けることになった。
私が目覚めたこの場所はヒーリン。ミッドガルエリアから南東に進んだグラスランドエリアの山沿いに位置しているこのヒーリンは、保養施設として運営されている。エッジにも病院自体はあるが、こうしてリハビリまで行えるような設備はないようだ。
ヒーリンは保養施設として運営する傍らで、元神羅の人間が再集結した際の活動拠点にもなっていたはずだ。

そう思えば、元神羅で医療開発部の部長だった上に魔晄が人体に及ぼす影響に詳しいレインがヒーリンに呼ばれるのは至極当然とも言える。彼もこの場所で星痕症候群の治療法を模索しているのだろうと予想すると同時に、彼らが私に何を問いかけてくるのかも理解した。

「君にどうしても聞きたいことがあって治療をしたんだ」
「それは、星痕症候群について?」
「流石に察しが良いね、話が早くて助かるよ」

目を爛々と輝かせて前のめりになるレインと、静かに私の言葉に耳を傾けるルーファウス。出来ることなら二人の期待にお応えしたいが、私に星痕の治療法を提示することはできない。

「残念だけど、現時点では星痕は治せない。研究が進んでないとか、知識でどうにかなる話じゃなくて…本当に治療法が存在しないの」
「…現時点では、と言ったな」
「うん。遠くない未来に治療法が出来るんだけど…一応、私が知ってる限りでは、って感じ」

どうしても歯切れが悪くなってしまう私に、レインとルーファウスは揃って疑問符を浮かべた。
元々の物語ではライフストリームの中に居たエアリスが癒しの雨を降らせてくれた事で世界中の人々から星痕が消えた。しかし、エアリスが生存しているこの世界ではどうだろうか。

「正直なところ、この先の未来がどう転ぶかはわからない。私が知ってる物語から、かなり形が変わっちゃったから」

おそらく二人は私から明確な答えが返ってくるものと思っていただろう。しかし、こればかりは私も祈ることしかできないのだ。
ルーファウスは「ふむ…」と言った後にもうひとつ問いかけをしてきた。

「では、君はクラウド・ストライフが星痕症候群の罹患者であることを知っているか?」
「…はっ? えっ、うそ、星痕なの?」

ルーファウスの言葉に、私は頭を殴られたかのようなショックを受けた。
エアリスもザックスも生存しているこの世界で、一体なぜ彼に星痕が発症したのだろうか。私が絶句しているのを見て、ルーファウスは「知らなかったようだな」と小さく呟いた。

「それを踏まえてもう一度問うが、本当に星痕の治療法は存在しないのか?」
「むっ…私が情報の出し惜しみしてると思ってるの? 残念ですけどホントのホント! でも、何でクラウドに星痕が…」
「星痕症候群の発症原因は知っているな?」
「…精神が衰弱してること、ですよね」
「そうだ。クラウドの抱く悔恨や罪の意識に、本当に心当たりはないのか?」

ルーファウスにそう言われても、私の頭の中には疑問ばかりが浮かんでは消える。エアリスやザックスに何かあったのだろうか? それとも他の仲間に? もしかしてクラウド自身に?
数秒考えたが分からず、私はルーファウスに答えを求めた。彼はため息交じりに「君ではないのか、原因は」と私の目を射抜きながら言い放った。は? 私?

「0008年1月22日…運命の日の翌日だ。ミッドガルエリアに未知のウェポンが出現し、君とエアリス、ザックス・フェアが応戦したな」
「しましたね」
「それから二年近く行方不明だった君を、連中が気にも留めないとでも思っているのか」

ルーファウスの言葉に、私はようやく自分がどれほどの期間姿を消していたのかを知った。デンゼルの件で数ヶ月くらいかと思っていたのだが、まさか二年近くとは。
運命の日を迎える前、私とクラウドは互いに気持ちを打ち明けた。クラウドも私のことを好いてくれているのだと知ってから、私はただ浮かれた気分になっていたが…少し考えれば事の重大さに気が付いた。

もしも逆の立場だったとしたら? ある日突然クラウドが姿を消して、二年もの間会えないままだったら。きっと私は正気ではいられないだろう。

「会いに行かなきゃ…」
「では、ついでだ。送って行かせよう」
「ついで?」
「タークスにとある任務を言い渡してある。そのついでに乗って行くと良い。君には大きな借りがあるのでな、早急に返しておかねば利子が膨れ上がるだろう」

そういえばダイヤウェポンが襲来した際に「ルーファウスに貸しを作るため!」と暗躍したのだった。タークスということはスキッフに乗るのだろうし「これは有難い」と、ルーファウスの申し出を受けることにした。

もう離れないと約束したのに姿を消してしまったこと、早く謝らなければ。
私は胸に広がる罪悪感を吐息に乗せて、静かに吐き出した。



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