FF夢


 9-01



ふわふわと温い湯の中を揺蕩っているような心地良さから目覚めた私は、全身を貫く痛みによってむりやり意識を取り戻した。ぐらぐらと揺れる視界には、剥き出しの電球が吊り下げられた粗末な天井が飛び込んでくる。見覚えのない景色への戸惑いと、痛みと、眩しさ、その次に感じたのは猛烈な喉の渇きだった。
パサパサどころではなく、喉全体がひりひりと火傷を負ったかのように疼くのだ。何とか息を吸い込めば、喉からは「ひゅう」という木枯らしのような音が響いた。

「あ、起きた…?」

部屋のどこからか少年の声が聞こえ、白くボヤける視界の中に誰かが入ってくる。目に力を込めてピントを何とか合わせると、私を覗き込んでいる少年は良く見知った存在であることに気が付いた。

「奈々、だよな? 大丈夫? 水飲む?」

薄い茶色のくせ毛が愛らしい彼は、まぎれもなくデンゼルだ。ボロボロの服を身にまとった彼の姿はアドベントチルドレンや、それに繋がるストーリーである小説版などでよく見た。しかし、何故彼が孤児として放浪していた時のような恰好をしているのか? ルヴィは? と様々な疑問が浮かんだが、とにかく水分を取らなければ死んでしまいそうだったため「おみず…」と声を絞り出した。
デンゼルは私に少しずつ水を飲ませてくれ、少し経つ頃にはどうにか会話ができる程度まで回復した。

「デンゼル、ありがとう。助けてくれたんだね」
「うん…外で奈々が倒れてるのを見つけた時、死んでるのかと思ったよ」
「はは…ほとんど死んでたけどね」

私はベリルウェポンとの戦いで大けがを負い、そのまま行き倒れていたようだ。一緒に居たザックスとエアリスは大丈夫だろうかと思いつつも、私はもうひとつの疑問を口にした。

「デンゼルは、どうしてここに居るの?」
「ルヴィさんがケガをしちゃって、ヒーリンに居るんだ」
「ヒーリン? デンゼルは一緒に行かなかったの?」

その問いかけに突然言葉を濁らせ始めるデンゼル。そして、彼は額を押さえながら「ルヴィさんに、うつしたくないんだ」と小さく言った。
そうか、彼はこの世界線でも星痕症候群を発症してしまったらしい。ルヴィが生存している世界ならばあるいは、と思ったのだが。

星痕症候群が発症する条件はいくつかある。
まず大前提として、アドベントチルドレン作中でヴィンセントが言っていたように星痕症候群とは体内にジェノバの思念が入り込んだ際に起きる、一種のアレルギー反応のようなものだ。
そして、今やこのジェノバの思念は星全体に広がってしまっている。運命の日に世界中から吹き出したライフストリームがウィルスを媒介させるネズミのような役割を果たし、大気中の魔晄濃度が高い場所はもちろん、地域によっては地中を流れる水脈までもが汚染されてしまっているのだ。つまり、極論を言えば世界中の人々に星痕発症の可能性がある。

では何故、発症している人とそうでない人の差があるのかというと…体内に入り込んだジェノバの思念に打ち勝てる精神力があるか否かという点だ。
分かりやすい指標で言えば、ソルジャーとしてジェノバ細胞を支配下に置けている人たちはまず大丈夫だろう。逆に、クラウドを始めとするセフィロス・コピーたち、そもそもソルジャー適性の無い一般人といった、ジェノバ細胞に支配されてしまう側の人間にとってジェノバの思念は危険物となる。

また、クラウドのように深い後悔があったり、ルーファウスのように命を落としかけるといった経験をした人間は高確率で星痕が発症してしまうのだ。
…最も、この世界のクラウドはザックスもエアリスも失っていないので星痕は発症しないはず。デンゼルはそもそも七番街プレートの事件で両親を失っているため、その心の傷が癒えない限り星痕は発症してしまうだろう。


私は、うつむくデンゼルに手を伸ばして「おいで、デンゼル」と呼びかけた。怪我のせいで身動きが取れないので布団の横のところをポフポフと叩けば、デンゼルは戸惑いながらも近づいてきてくれた。

「いっしょに寝ようよ、寒くなってきちゃった」
「でも」
「大丈夫。ほら、私を助けると思って」

デンゼルが私に触れないように気を付けながら隣に寝転がる。その不安そうな瞳に笑いかけ、痛む体に鞭を打って彼の頭を抱きしめた。デンゼルは小さくカタカタと震えていたが、数分もすれば気持ちが落ち着いてきたようだ。

「…うつっちゃうかもしれないのに」
「うつらないよ。私、全然風邪ひかないもん」
「それ、関係あるの?」
「さぁ?」

そうやって軽口を言えば、デンゼルはゆるく笑って「奈々って、ばか?」と失礼な問いかけをしてきた。デンゼルが笑ってくれるならバカにでもアホにでもなるさ。

「星痕は伝染病じゃないよ。…って言っても、世界中の人が伝染病だと思ってるのは変えられないもんね。外を歩くのだって怖いでしょ、よく頑張ったね」

現在この世界では、星痕症候群は致死率がほぼ百パーセントに近い未知の伝染病だと認識されている。治療法がない上に致死率も高い病気に恐怖を抱くのは当然のことなのだが、こうして迫害されて怯えているデンゼルを見るとやるせない気持ちになる。
神羅が機能していれば情報を渡してメディアの力で世界中に発信することもできただろうが、今や神羅はルーファウスやタークスを主軸にして土台を再構築している最中。影響力と言った点では期待できない。

「デンゼル、元気出して。今はつらいと思うけど…私、星痕が治った人の事を知ってるの」
「えっ、本当? 治るの?」

暗く伏せられていたデンゼルの瞳が私の方を見つめる。美しい青色の瞳に、僅かな希望の光が宿ったのが分かった。

「うん。私、その治療法を探しに行くつもりなの。見つけたら、すぐにデンゼルに教えるからね」
「…ありがと。おれ、それまで頑張るよ」

正確には未来の話ではあるのだが、病は気からと言うし少しでも前向きな気持ちになってくれれば良い。あとは、デンゼルを上手くクラウドのもとへ誘導できればいいのだが…ここら辺は少しだけサポートをして、成り行きに任せた方がいいかもしれない。
おそらく私が彼の前から姿を消せば、物語は先へと進むだろう。私としてはこのままデンゼルを保護してあげたいところだが、そうするとデンゼルとクラウドがあまり打ち解けることなくストーリーが進んでしまうかもしれない。

そう考え事をしながらぽつりぽつりと喋っていると、次第にデンゼルの瞼がとろりと眠たそうに閉じ始めていることに気付いた。私はデンゼルの髪をゆっくりと撫でながら、小さく「おやすみ」と告げた。すると彼は「うん…」と返事をしたのちに安らかな寝息を立て始めた。
彼が完全に眠りについたのを確認してから、声を押し殺し呼吸を整える。ベリルウェポンとの戦いで負った傷の痛みで気を失いそうだったのだ。
そっと自身にケアルを唱えると緑色の美しい光が私の体を包み込む。…が、依然として私の全身には激しい痛みが残っている。はて、様子がおかしいぞ。
魔法が発動している以上はMP切れなどによる不発ではないはず。もしかしてこの傷は、自然治癒させるしか方法がないのだろうか?
だとすると非常に厄介である。これだけの大怪我、全治するのに一体どれほどの時間がかかるのだろう。それまでこの激痛と付き合わなくてはならないなんて、気が重いどころの話じゃない。
とりあえずは手当てをしてくれたデンゼルにこれ以上心配をかけないように振舞わなくては。
彼の星痕がこれ以上進行しないように、明るく楽しい気分にしてあげるのが今の私にできる唯一のことだ。

痛みになんとか耐えてはいたが、しだいに意識がジワジワと薄れていくのを感じた私は、その感覚に抗うことなく瞼を閉じた。



***



あの後私は、デンゼルと束の間の同居生活を送った。ケガを治療できなかったことに関しては「マテリアを持っていないので回復魔法が使えなかった」という言い訳で納得してもらえた。
デンゼルはとても献身的に私の世話をしてくれて、正直寝ても覚めても体が痛かったので非常に助かった。
本音を言えば傷が全回復するまで彼と一緒に暮らしていたかったが、このままデンゼルと共に居ては彼がクラウドと出会うことへの妨げになりかねない。
デンゼルとの生活が四日ほど続いたある日、私はデンゼルに「そろそろ出発しなければならない」と告げた。

「…奈々、出てっちゃうの?」
「うん、ほんとはデンゼルとずっと一緒に居たいけど、星痕の治療法を探しに行かなくちゃ」

明らかに表情を曇らせたデンゼルに、私の胸も痛む。私はうつむくデンゼルの手を握りしめ「必ずデンゼルの星痕を治してあげるからね」と告げた。するとデンゼルの小さな手が私の手を握り返し、そして鼻をスン、とすすりながら「また、会えるよな?」と問いかけてきた。

「絶対に会えるよ、私が会いに行く。それから、前にした約束も忘れてないからね?」
「約束?」
「ルヴィさんと約束してたの、覚えてない?」

そう言ってデンゼルに笑いかけると、彼はハッとした顔で「おれ、奈々に戦い方を教えてもらって…ルヴィさんを守るんだった」と記憶を甦らせた。

「次会うときは色々教えてあげるね。だから、また会う時まで元気でいて。じゃないと、戦い方なんて教えられないでしょ?」
「うん…おれ、ちゃんと待ってるから。早く星痕の治し方探して戻ってきてよ」
「約束ね。デンゼルは生き延びる、私は治療法を見つけて戻ってくる。そしたら、デンゼルに私の知ってること、色々教えるから」
「うん。おれさ、ミッドガルから出たことないんだ。だから、ミッドガルの外のことも知りたい」

瞳を輝かせたデンゼルと頷き合い、いつかのように互いの手と手を合わせる。
それから私とデンゼルは二人並んで寝転がり、眠くなるまで「これから何をしたいか」を語り合った。
「奈々と同じくらい強くなりたい」「ルヴィさんを守りたい」「私はモンスターの退治屋さんに復帰したい」「それじゃあ、おれは奈々の助手をやりたい」「一日働いておいしいご飯が食べたい」「快適な家に住みたい」
そんな未来の話に花を咲かせる私とデンゼルは、真夜中を回るころにようやく眠りについた。

デンゼルの穏やかな寝顔を眺めながら、私は彼の苦しみが少しでも軽くなるようにと祈った。


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