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厳しい残暑のなか、カノンとリドルはダイアゴン横町を歩いていた。
汗一つかかずに颯爽と歩く2人。無論、いつぞやのスネイプのように冷却呪文を使っている。
さらりと涼し気な様子ももちろんだが、この2人は周りの視線を集めてしまっていた。
本人たちも自覚してはいるが、何しろ近年稀に見る美男美女揃いだ。
道行く人たちは揃って振りかえり、2人の姿を見て感嘆の息を吐いた。
「教科書と欲しかった本は全部買って・・・こっちで買える魔法薬の材料もひとしきり揃えた・・・お菓子の買い溜めもOK・・・学校でつけるアクセサリもバッチリ!」
「とてつもなく重いんだけど、自分で持ちなよ」
カノンが確認した山のような荷物。
それをリドルが全て持っており、彼は両手に合計5つの紙袋を下げていた。
「軽量化魔法でも使えば良かったのに」
「あ」
言われてから気づいたのか、リドルはその場に固まる。
そんなリドルから紙袋を全て受け取ったカノンは、杖を一振りして袋を全て消した。
「荷物は?」
「家に送ったの」
「・・・・・・あえて言わせてもらうけど、最初からそれやって」
「あはは」
カノンのサディスティックな対応も、もはやお馴染みのパターンになってきた。
一瞬にして手ぶらになり少々納得のいかない顔のリドルだが、カノンが立ち止ったのを見ると、自分も同じく隣に止まった。
「どうかした?何か買い忘れでもあったの?」
「ううん、とりあえずここらへんで別れよっかなって。ノクターン横丁でお使いしてくれる代わりに自由行動って約束だったでしょ?」
リドルは、不満げな顔を引っ込めて目を見開いた。
まさかこんなに早々に開放してもらえるとは思っていなかったのだろう。
「許してくれるのなら、勿論そうしたいけど」
「うんいいよ」
「自分で言うのもなんだけどね、僕の事をもう少し疑ってかかったら?」
「必要ないよ。まだリドルは私の支配下にあるからね」
珍しく悪意の感じられない、純粋な笑い方で微笑むカノン。
リドルは一瞬呆気にとられたが、声を出すことなく苦笑いを返した。
そして「じゃあ、帰る時間になったら合図でも送ってよ」という台詞だけ残し、彼は雑踏に消えていった。
「さーて。私は特にやること無いんだよね」
久々に訪れた1人だけの空間。
実はカノンも解放された1人の時間が欲しかったのかもしれない。
彼女は清々しい顔で、人が溢れるダイアゴン横町を歩いていた。
「おーい、そこのっ・・・君! カノン!」
「私?」
リドルと別れてから僅か数歩、カノンは別の人に呼びとめられた。
驚いたカノンが振りかえると、彼女を呼び止めた男性は嬉しそうに笑いながら駆け寄ってきた。
「セドリック!」
「やぁ、久しぶりだね」
少し息を切らせて駆け寄ってきたのは、セドリック・ディゴリー。
先学期、一番最初にカノンと友人になった人物だった。
「久しぶり、元気だった?」
「うん、僕はね。君は?」
「私も元気だよ。毎日ちゃんと八時間寝てるからね」
カノンがにこやかに返すと、セドリックは嬉しそうに笑みを深くした。
セドリックの両腕には数個の荷物。
きっと彼も新学期の買い物に来たのだろう。
「セドリックは、今年で7年生だっけ?」
「うん。もう最終学年だと思うと・・・ちょっと寂しいよ。」
「今年で卒業かぁ。セドリック、最期の日には号泣しそうだね」
「そんな事は・・・無い、とも言いきれないなぁ」
カノンの言葉に、セドリックは苦笑いしながら頬を掻く。
そして数秒口元をごにょごにょさせていたかと思うと、思い切ったように声を出した。
「あのさ」
「うん?」
「もし君さえ良かったら、ちょっと一緒に歩かないかい?」
「あ、それ私も言おうと思ってたんだ。喜んで」
さらりと了承したカノンは、嬉しそうにセドリックへと笑いかける。
「そう、良かった。僕はあと、ドレスローブを買うだけだから・・・」
「じゃあ、マダム・マルキンの洋装店?」
「そうだね。すぐに済むよ」
「意外、セドリックはドレスローブも着るんだね」
カノンがそう言うと、セドリックはキョトンとした顔で彼女を見つめた。
その視線に、カノンも同じような表情になる。
「あれ? 今年はホグワーツからの手紙にドレスローブを持ってくるように、って」
セドリックの言葉を聞いて、急いでショルダーバッグのポケットから新学期案内の手紙を出し、持ち物リストを見るカノン。
「え? そんな事書いて・・・・・・・・・・・・・・・あった」
流し読みをしていたので気付かなかったのだろうか。
青い顔で"ドレスローブ"の項目を見つめている。
「ど、どうしよう、買い忘れてた」
「はは、今から洋装店に行くんだから一緒に買えばいいんじゃないかな」
「そうだった、私も選ぶよ」
あわあわと焦っていた自分が恥ずかしいのか、少し頬を染めてそっぽを向くカノン。
そんなカノンを見ていたセドリックは、妹を見る兄のような優しい表情で彼女の頭を数回撫でた。
「よし、それじゃあ洋装店に行こうか」
「うん」
あれからすぐにマダム・マルキンの洋装店へ到着した2人。
セドリックはシックな雰囲気の黒いドレスローブを手に取り、マダムに手渡していた。
「うーん・・・赤、金、いや黒・・・? セドリックは決まった?」
「うん、もう会計も済ませたよ」
「早いね!」
「今は裾の長さを調節してもらっているんだ」
セドリックが指差す方を見ると、糸と針と布地が勝手に動いてスラックスにくっついている。
カノンは"つくづく魔法界は便利な場所だ"、と思った。
自分の買い物に戻ったカノンは、目の前にあったドレスローブを手に取って姿身で眺めている。
鮮やかな水色で、女の子ならば競って手に取るであろう可愛らしいデザインだ。
「ううん、これもイマイチ。私って青い色が似合わないね」
「そんなことないよ、ネイビーとかだったら素敵だと思う。・・・ほら」
セドリックは、カノンの手から水色のドレスローブを取って、ネイビーブルーのドレスローブを合わせた。
そのローブは、黒っぽい紺色から、ネイビー、裾の部分は白銀色とグラデーションになっている。
落ち着きのあるデザインで、クールな立ち振る舞いをするカノンにピッタリだ。
「青と銀、綺麗だね! レイブンクローのカラーっぽくて」
「これも素敵だけど・・・僕の個人的な意見では、君にはもっと目立つローブを来てほしいな」
「目立つローブ・・・あ、レイブンクローで思いだしたんだけどさ、セドリックのガールフレンドって確かレイブンクローだったよね」
カノンは、白地に濃いピンク色の刺繍が施された可愛らしいローブを眺めながらセドリックに問いかけた。
ピンク色でふりふりのローブを手に取っていたセドリックは、その言葉に硬直し、慌てて両手を振った。
「ちょ、チョウの事?違うよ、チョウは友達で・・・僕つき合ってる子なんて」
「違った? パンジーが言ってたの。ディゴリーは黒髪の子がタイプなんじゃない? って」
「本当に恋人じゃないよ、確かにチョウは素敵な子だけど」
むっとした顔で言い返すセドリック。
カノンはくすくす笑いをこらえながら、セドリックの持っていたピンクのふりふりローブを無言でハンガーに押し戻した。
「それは失礼」
「そんな風に思われてたなんて・・・あ、これなんかいいんじゃないかな」
次にセドリックが差し出したのは、黒とモスグリーンを基調にしたドレスローブ。
マーメイドラインになっており、まさしく人魚のひれのような美しいシルエットだ。
胸から腿までは黒くピッタリとした生地で、身体のラインが露わになっている。
だが腿から下はシルクのような滑らかな生地でできていて、風に揺れて優雅に靡いた。
パーティドレスには少し派手な作りだが、黒とモスグリーンというシックな色合いのおかげで程よい華やかさを醸し出している。
よく見てみると、上半身のピッタリした部分にも銀糸で花の刺繍が施されている。
彼女のミステリアスで大人っぽい部分が強調されそうな一着だった。
綺麗だが嫌味のないデザインに、カノンは上機嫌になった。
「わあ、綺麗!」
「これなら君の黒い髪にも合うし、赤い瞳も映える。何より、君のスリザリンカラーだ」
「うん、これにする! 家に行けば靴も髪飾りも揃いそうだし」
「ほんとかい?」
「ありがとう、とっても綺麗なのを選んでくれて。これだったら・・・コサージュはどんな花になるのかな・・・白い薔薇?うーん・・・ダリアも綺麗だし」
彼女の家、カノン家は当たり前だがスリザリン出身が多い。
こういった色合いのドレスに合わせるアイテムならばごまんとあるだろう。
そしてその中から、選りすぐりの一品をトゥーラが見つけ出すのだ。
もっとも、あの素晴らしいコサージュはシリウスからの贈り物だが。
カノンはセドリックに笑いかけた後、マダム・マルキンにドレス購入の意を伝えて会計を済ませた。
セドリックは、カノンが自分の選んだドレスローブを気に行ったのが嬉しかったのか、先程からにこにこと笑顔を満開にしていた。
「さて、ドレスローブも買ったし・・・セドリックはどうしたい?」
「他に買い物もないし、どこかで冷たい物でも飲もうよ」
さっと自然な動作で2人分の荷物を持つセドリック。
こういう所がリドルとは大違いだなぁ、とぼんやり思ったカノンはそのままセドリックと並んで店を出た。
2人は少し迷ったが、外の眩しい日差しに当たった瞬間、アイスクリームが食べたくなり、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーに行く事にした。
早歩きでアイスクリームパーラーに辿りついた2人。
汗をかいて暑苦しそうなセドリックに対し、カノンは相変わらずさらりと涼しげだ。
パーラーのテラスにある席に腰かけた2人は、アイスのメニュー表を見ていた。
「暑いからフルーツ系にしようかな・・・私はベリーズサンデー」
「僕は・・・うーん、無難にチョコレートサンデーにしよう」
2人とも食べたいアイスクリームを店主に伝え、サンデーが運ばれてくるまでの間、雑談をして時間を潰した。
サンデーは驚くほどすぐにテーブルに届いた。
カノンが頼んだものは、4種類のベリーが入ったもので
クランベリーアイスの周りにブルーベリーとラズベリーが散らばり、上からストロベリーソースがかかっている。
甘くてスッキリした口当たりが気に行ったカノンは、ご機嫌な様子でスプーンを動かしていた。
セドリックも、冷たいアイスを食べて活き返ったような表情だ。
「そうだ、夏休みの間にクィディッチのワールドカップがあったろう?」
「あったね。すごい規模だったんだって?」
「うん、僕の家も結構良いチケットが取れてね。父さんと僕とで行ったんだ。ブルガリア対アイルランドの試合でさ・・・結果はアイルランドの勝利だったんだけどスニッチはクラムが・・・」
クィディッチの話題になると、いきなり饒舌になるセドリック。
"クラム"や"ウロンスキーフェイント"など、カノンには理解不能な単語ばかりだったが、なんとなく話の内容は理解したようだ。
「クィディッチかぁ」
「カノンはあまり興味が無いんだったっけ?」
「この間、やっと基本ルールを覚えたの。自分でやることは無いかな、箒も苦手だし」
「じゃあ、学校に戻ったら僕が教えようか? これでも一応シーカーなんだ」
「まずはまともな箒の乗り方からお願いしたいなぁ」
クィディッチ談議に花を咲かせているうちに、2人の前に合ったカップは空になった。
話の途中でカノンがかけた例の冷却呪文のお陰で、2人とも肌はさらさらだ。
リドルとする会話の応酬とはまるで違い、和やかで悪意などかけらも感じられないような会話。
久々にそんな和やかな空気を満喫して、カノンは心の底から素直に楽しい、と感じた。
***
夕方になり、カノンはセドリックと別れて帰路についた。
そして漏れ鍋の暖炉前に立った瞬間、ある事を思い出した。
「あ、リドル」
カノンは慌ててアンクレットに指を這わせてリドルに呼びかける。
「リドル、そろそろ帰ろうよ」
「ずっと待ってたよ」
と、カノンの背後から聞こえる声。
そこには、不機嫌そうな顔のリドルが座って紅茶を飲んでいた。
「あ、お待たせ」
「随分長い事動いていたようじゃないか。誰かと一緒だったのかい?」
「まあね」
未だに機嫌の良いカノンを不審そうな目で見るリドル。
だが、肩をすくめて息を吐きだしたあと、彼女の手をとって暖炉にフルーパウダーを投げ入れた。
「じゃ、帰ろうか」
「そうだね」
2人は同時に暖炉へ入ると、声を揃えて家へ帰るべく合言葉を唱えた。
「“蛇の紋を”」
もうすぐ、新学期。