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スネイプと共に、ハリー達よりひと足先にブラック邸を出発したカノン。

彼女はひと気の少ない汽車の中で、コンパーメントに荷物を詰め込んでいた。
軽量化魔法をかけてあるトランクは軽かったが、それでも大きな荷物を運ぶのは一苦労だ。

荷物を詰め込み終わり、着替えを済ませたカノンは苦々しい顔で胸元で光る緑色のバッジを見た。



「そうだ…監督生は専用車両に行くんだった」

額に手を当ててハァ…とため息を吐きながら、コンパーメントの外へと出るカノン。
コンパーメントの外に出た瞬間、彼女を呼び止める声が通路に響いた。


「あ…カノン! ここに居たのか!」
「ドラコ…?」
「夏休み、何で一度も手紙をくれなかったんだ?」

プラチナブロンドの髪を揺らしながら、スタスタと近づいてくるドラコ。
夏休みの間に、また背が伸びたようだ。スラリとしたスタイルで、皺や汚れの見当たらない綺麗な制服を着こなしている。

彼は夏休み中、一度もカノンからの手紙が来なかった事を訴えた。
自分は知らぬ間に、彼女の嫌がることをしてしまったのか、と不安がっているのだろう。いつも強気な表情が、ひどく心配そうだ。

だがカノンは久々に会うスリザリン生の学友に感極まったのか、その問いかけに答えないまま彼に抱きついた。



「ドラコ!」
「うわっ!?」

コンパーメントの入り口にも関わらず、唐突に抱きつくカノン。ドラコはあたふたと驚きながらも、しっかりと彼女を受け止めた。

「どうしたんだ、君らしくない…とにかく、目立つから中に入れてくれ」
「あ、ごめんね」
「いや、気にしないでいい。嫌なわけじゃないんだ、君はあまりこういうことをしない人だから驚いただけで」

ドラコの言うとおりに、カノンは彼をコンパーメントの中へと招き入れる。すると、ドラコはカノンの顔を覗き込みながら「何かあったのか?」と問いかけた。

夏休みの間、彼女の回りでは確かにいろいろなことが起こっていた。
だが、その中でドラコに話せることはそう多くなく、手紙を一度も送れなかったことに関しても話せないのだ。
破れぬ誓いの呪文を恨みながら、カノンはそれとなく話を受け流した。


「あの、事情があって口止めされてるんだけど、ちょっと色々あって…ドラコに会ったら安心したの」

小さな声で恥ずかしそうに呟くカノンは、だいぶ落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
夏休み、シリウスに「やりたい放題に抱きついちまえ」と言われて以来、彼女には抱きつき癖が付き始めたらしい。
ドラコは自分の顔や体がカッと熱くなるのを感じたが、何も言わずカノンの背に優しく腕を回した。


「そうか、きっと大変だったんだな。 もう大丈夫だ、ぼ、僕がいるから…」

そう言って何も聞かずに優しく背を撫でてくれる彼の存在が、カノンの心をあたたかく癒した。


「ありがと、ドラコ」
「礼には及ばないさ」
「あと、手紙出せなくてごめんね」
「いいや…事情があったんだろう? それなら謝る事じゃない」

カノンはドラコに抱きしめられながら、顔に硬い金属質のものが当たっているのに気づいた。
視線を向けると、そこには彼女が受け取ったものと同じ監督生バッジが光っていた。


「あ、ドラコも監督生になったんだね。おめでとう」
「ああ、君はどうだい? もちろんバッジはもらっただろう?」

ドラコは彼女以外はあり得ない! と言わんばかりの声色で問いかけ、カノンはそれに笑いながら答える。

「うん、もちろん」
「だろうと思った。急がないと、監督生は専用の車両へ移動して、主席の生徒から指示を受けなくちゃならないんだ」
「そうだね。もう着替えも済んだし、一緒に行こうよ」
「ああ、もちろんそのつもりだ」

ドラコとカノンは、ニコニコと笑いながら監督生用の車両まで歩き出した。
相変わらず、喧嘩の種である他寮生が居なければ仲睦まじく居れるらしい。







***







監督生用の車両。そこは、生徒でごった返したホグワーツ特急の中で唯一静かな場所だった。

一番最初に車両に到着したカノンとドラコは、主席の男子生徒から声を掛けられていた。



「やあ、先学期ぶりだな。マルフォイ、マルディーニ」
「お久しぶりです、ライナグル先輩」

ドラコやカノンと同じ、緑色のネクタイを身に付けている男子生徒。名はトロイ・ライナグル、緩く癖のある短い茶髪と、青い瞳が爽やかな青年だ。

「2人とも、時間に余裕を持った行動を取るのは、監督生として素晴らしい事だな」

発車時刻のおよそ20分前にやってきた2人に、トロイはにっこりと笑みを見せた。
他でもない、自寮の生徒が一番最初に到着したのに気を良くしたのか、トロイは機嫌よさげに2人を褒める。
その後ろからは、レイブンクロー寮の女生徒が微笑みを浮かべて歩み寄って来た。


「初めまして、エドナ・テルフォードよ。Mr.マルフォイにMs.マルディーニね。噂には聞いているわ」

黒っぽい髪をカールさせた彼女は、すらりとした手をカノンへと突き出す。
カノンがその握手に応えると、エドナは更に笑みを深くして話し続けた。

「あなた、レイブンクローの生徒を抑えて学年主席なんですって? 素晴らしい事だわ…ねぇ、トロイ?」
「ああ、同じ寮の先輩として応援させてもらうよ。君のことだし、碌な血筋も持たない輩に負けるようなことは無いと思うが」

含みを持たせたトロイの言葉に、エドナが非難めいた視線を投げかける。
ドラコは彼の「マグル生まれのグレンジャーには負けるな」というメッセージを正確に受信したらしく、大きく頷いていた。


「Ms.グレンジャーは是非ともうちの寮に欲しかったわ…あの知識欲は、絶対にレイブンクロー向きなのに。あなたもそうよ、Ms.マルディーニ。スリザリンには勿体ない逸材だわ」
「学年主席は全員レイブンクローから出るべきだ、そう言いたいのか?」

熱心にカノンに声を掛けるエドナと、それを見かねて制止の声をかけるトロイ。
2人の間に見えない火花が散っているようで、カノンとドラコはこっそり一歩ずつ後ろに下がった。

主席の生徒は各寮の7年生から一人ずつ選抜されているにも関わらず、何故この相性の悪い2人がセットで説明役に回されたのだろうか。
その疑問をカノンもドラコも頭に浮かべたが、触れぬが吉、と言わんばかりに二人のいがみ合いを傍観していた。







それから10分ほど経った頃、次々に各寮の監督生達が現れた。


ハッフルパフの監督生は、アーニー・マクミランとハンナ・アボット。
レイブンクローからはアンソニー・ゴールドスタインとパドマ・パチルが選ばれていた。

カノンと交流のあるハンナは、ふっくらとした頬をピンク色にして小さく手を振り、パドマもカノンに友好的な態度で挨拶した。
アーニーは普段通りの、鼻高々といった様子で首席の話を聞いている。アンソニーとカノンはあまり交流がないせいか、形式的に挨拶を交わしただけだった。

グリフィンドールからは、もちろんロンとハーマイオニー。汽車が動き出してすぐ、2人は車両の中へと駆け込んできた。2人とも随分急いできたようで、髪と服装を乱れさせた状態で車両に現れた。

「君たち、集合時間は発車時刻の11時ピッタリの筈だが。監督生たるもの、時間の管理はしっかりとしてもらわなければ」

嫌味っぽく眉を上げて言ったトロイに、ロンもハーマイオニーも申し訳なさそうに顔を俯かせた。


「まぁまぁ…間に合ったんだから良いじゃないの」
「甘やかすなよ。これだからグリフィンドール贔屓は」
「贔屓じゃないわよ」

またもやお互いに火花を散らし始めたトロイとエドナに、見かねたカノンが声を掛けた。

「あの、先輩方。そろそろご説明をお願いしても?」
「ああ…そうだね」

カノンの声に、自分の役割を思い出したようだ。トロイとエドナは監督生達に向き合って、説明を始めた。


規則違反を犯した生徒に対し、減点や処罰を与えることができるということ。
場合によっては加点もできるが、これは自寮以外の寮に対してのみ有効だという事。…まぁ、これはほとんど使われることのない制度だろう。
監督生専用の風呂があること。組み分けの宴が始まる前に寮監から、必要に応じて合言葉を聞いておく事。

そんな監督生の役目や権限などの説明会は、2時間ほどかかった。

説明がひと段落するたびにアーニーが仰々しく話を要約して繰り返すので、予定時間を大きくオーバーしてしまったのだ。

昼が過ぎ、ようやく説明会が終わると、監督生専用車両にいた監督生たちが一斉に外へ出る。
友人のもとへと向かうものや、早速車内の見回りを始めるもの、とそれぞれが思い思いに歩いていた。



一定時間ごとに車内の見回りをしなければならないと聞かされたカノンは、うんざりした表情を隠すことなく露わにする。

そもそも寮の獲得点数や、他人の素行になど微塵も興味のないカノンなのだから、そんな権限を与えられたところで利点など感じるわけがない。
しかも、自分の時間を削ってまで他人や下級生の面倒を見なくてはならないし、監督生と言うだけで教師陣から用事を言いつけられることも多いらしい。


カノンはもう一度大きくため息を吐き、堂々たる足取りで前を行くドラコに続いた。





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