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今日も、きちんと片づけられているカノンの自室。その一室に、二通の手紙とひとつの小包が届いていた。

一通は、魔法省の魔法試験局―資格管理部からのものだ。

小難しい内容の手紙だったが、要約すると"試験に合格しました"というものだった。
その他の手紙には、資格を持つにあたっての注意事項やそのほかの権限などが詳細に書かれている。

小包の方を開くと、そこにはピカピカに磨き抜かれた装飾メダルが入っていた。
メダルの金属部分を縁取るように"特別 若年 魔法薬 調合士"と刻まれている。
真中の部分には透明で薄い水色の石が嵌っており、涼やかな煌めきを醸し出している。

「これは、アクアマリン…?」

聡明・沈着を意味するその石は、光をうけてきらりと輝いた。

メダルを掲げてにっこりと嬉しそうに笑うカノン。だが、数分後には彼女の笑顔は見事なまでのしかめっ面に変貌することになってしまった。



ホグワーツから届いた、教科書のリストを見ていたカノン。

例年よりも余分に入っていた封筒に首を傾げ、カノンはその中身を掌の上にあける。
スリザリン寮のシンボルである蛇の紋の上に、銀色の字で「P」と書かれたバッジ。監督生の証であるそれが、カノンの手の上で転がった。

「さ…最悪!」

呆然と手の上で輝くバッジを見つめていたカノンは、ふいに外が騒がしいことに気が付いた。
ハリー達の部屋の方だろうか。彼女はそちらに向かって歩いた。

部屋に辿り付くと、そこには興奮した様子のハーマイオニーが頬を赤く紅潮させていた。


「あら、カノン! そうだ、きっとあなたもそうよね?」
「何が?」

主語を含まないハーマイオニーの言葉に、カノンは眉を上げて聞きかえす。
すると彼女はもどかしそうに、手に持っていた赤と金のバッジを見せた。

「監督生よ! バッジを受け取ったでしょう?」

笑顔を輝かせるハーマイオニーとは対照的に、カノンは不機嫌そうに眉根を歪ませた。

「ああ…うん、もらったけど。これって拒否権ないのかなぁ」
「拒否権!? 何を言っているのよ、素晴らしく名誉あることなのよ! スネイプ先生だって、あなたの事を見込んでこのバッジを与えたんでしょうに!」
「教授に認めて頂けるのは嬉しいけど、私監督生っていうガラじゃないんだよね」

心底興味の無さそうなカノンは、肩をすくめながらベッドに腰掛けた。
部屋の中では、茫然とした顔のロンが赤と金のバッジを持ったまま突っ立っている。

カノンは「ロンも監督生に選ばれたのか」とぼんやり思いながら、バッジの入った封筒をハーマイオニーに渡した。


「監督生ってことは、自分の時間を他人のために割かなくちゃならないんでしょ? 面倒事以外の何物でないよ。ただでさえ今学期は時間がないのに」
「その代り、監督生は相応の待遇と権利があるわ。それに、先生方からの信頼も!」
「地位には興味ないからなぁ…先生からの信頼だって、個人の行動で幾らでも変わるでしょ」
「そうね。でも、カノンは真面目に監督生をやらざるを得ないわよ!」

自信たっぷりに言うハーマイオニーは、緑色の「P」バッジをカノンの手に押し付ける。
勝ち誇った声色をする彼女は、鼻を高々と上げて言った。


「だってこのバッジは、スネイプ先生があなたに託したものだもの。あなたが、スネイプ先生の期待を裏切れるとは思えないわ」

その言葉は図星だったようだ。カノンは珍しく押し黙り、悔しそうにバッジを握りしめた。


「教授も教授だよ、私がこういうのあんまり好きじゃないって知ってる癖に」
「そうは言っても、スリザリンで一番優秀なのはあなたなのよ?他の人を選任してしまったら、周り中から非難されるわ」


はぁ…とため息を吐くカノンに、フレッドとジョージが寄り添う。

「そういえば、カノンが監督生になんかなったら…俺達は大変な事になる」
「ああ。大切なアドバイザーが居なくなってしまうんだからな」

確かに、監督生である彼女が悪戯グッズの開発に手を貸したとなると、問題だろう。だがカノンはけろりとした顔で、2人に言い返した。

「開発は引き続き手伝うよ」
「ちょっと、カノン?」

ハーマイオニーが聞き捨てならないという声で、カノンを窘める。カノンはニヤリと笑いを浮かべて、こう言った。

「私はあくまで"魔法薬と呪文の混合研究"について意見を述べるだけだよ」
「どういうこと?」

首を傾げるハーマイオニーに対し、フレッドとジョージは同じくにやりと笑ってみせる。
カノンが言いたい事を悟ったようだ。まず最初に、ジョージが大げさな動作でフレッドに話しかけた。


「ああ…俺達は彼女に、こう質問する。"研究の話だが…例えば、水疱瘡薬におできの呪いを混ぜたらどうなるか?"」
「そして彼女はこう答える。"そうね、人に使ってはいけないけれど、きっと体中におできが発生し出すわよ"ってね」

カノンのような身振りをしながら答えたフレッドに、今度はカノン本人が付け加えた。

「そう、それから私は"イラクサエキスを入れでもしたら、おできの色が気味の悪い紫になるから…絶対にだめだよ"と注意する」
「それ、頂きだ!」
「もう!」


ハーマイオニーが3人のあくどい顔を睨みつける。
ハリーとロンはそんなやり取りを見て、お腹を抱えて大笑いしていた。







***






昼間の騒動もどこか遠くへ行ったように、屋敷の中は静まり返っていた。

それもそのはず。今は真夜中前、大抵の人間が眠りにつくべき時間帯だ。
カノンは黒皮のトランクの上に制服を置いた。綺麗に畳まれ、皺ひとつないローブは新品のように綺麗だった。



「どう、荷造りは終わったかい?」

少年の姿をしたリドルが、ふわりとカノンの隣に現れる。実体化した彼の柔らかそうな前髪が、さらさらと流れている。カノンは穏やかで小さな声でその問いに答えた。

「もちろん。元々そこまでひっ散らけてなかったし」
「それにしても…君が監督生、ねぇ」
「本当に気が重いんだけど」

ぶすくれたカノンが、ベッド横のデスクから緑色のバッジを拾い上げる。
リドルがそのバッジを見ながら、懐かしそうに呟いた。


「僕も以前は監督生だったよ」
「へぇ、どうだった? やっぱり面倒?」
「ああ。馬鹿達の面倒を見なければいけないのは嫌だったね」
「やっぱりか…」

相変わらず辛辣な言葉に、カノンは深いため息をついた。

「でも、報酬も大きかったよ。減点権限を持っているというだけで、絡んでくる輩が少なくなったし。監督生用の浴場は素晴らしいものだった。まぁ、愚か者どもの尻拭いをさせられるんだ。それくらいじゃあ足らないくらいだけどね」
「そっか…まぁ、やるしかないよね。教授にご指名頂いちゃったんだし」

カノンはバッジをポイ、と制服の上に投げた。そして横に座るリドルを手招きし、少し乱れた前髪を手櫛で整える。
リドルは少し居心地悪そうにしながらも、その手を甘んじて受け入れた。


「…この姿になってから、少し僕に対して甘くなってないかい?」
「そんなこと無いと思うけどなぁ」

そう言いながらも、カノンの手はゆったりとリドルの髪を撫でている。
白く柔らかな手が行ったり来たりするたびに、リドルの目は眠たげに細められた。

「君、やっぱり監督生にピッタリかもね」
「それは無い」


きっぱりと言い返すカノンに苦笑いを返したリドルは、あくびを噛み殺した。
そして極々小さな声で「面倒見の良い先輩になりそうだ…」と呟いた。






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