45

温もりを感じてゆっくりと目を開けると目の前でスヤスヤと寝息を立てて眠っているレイヴンがいた。
起き上がりたくてもがっちりホールドされていてそれは叶いそうにもない。
起さないように布団を若干めくると身につけている服は自分が昨夜着ていたものではなかった。
昨夜の記憶がない…うーん。と小さく唸りながらゆっくり考える。
ドキドキしっぱなしだったのは覚えてはいる…遂に身体を重ねる日が来てしまうのか、と心の準備が全くできなくて普段なら洗ったらカゴに突っ込むだけのはずの食器を念入りに私は拭いていた。
痺れを切らしたのかレイヴンに後ろから抱きしめられて皿を拭いていた布は奪われてしまって…少しでも心の準備が出来るように一旦自分の部屋に戻って慌ててお風呂に駆け込んだ。
何処を洗っても洗い足りない気がして結果的に心の準備は満足にできないまま濡れ髪のまま居間に待機していて…髪を乾かしてもらった。
それが凄い気持ちよくて…それからベッドに押し倒されて…
たくさんキスをして、いつものキスなんかじゃない大人のキス。
悪戯をする子供みたいな顔で私の身体に触れるレイヴンの顔を一生懸命見ながら自分の声とは思えないようなのが自分の口から出て凄く恥ずかしかった。
段々頭がふわふわしてきて…そこからは本当に朧げで、一瞬身体に電気が走ったような、そんなのくらいしか思い出せない。
ハジメテの経験とはそんな感じなのだろうか。痛いだとか、身体がだるかったり出血が…とかそういったのを雑誌で前に見たことがあるのだけれど私の身体は特にどれにも当てはまらないような気がする。
頭を横にゆるゆると傾けながら、んー。うー。いー。なんて言葉にならない唸り声を上げていると隣でプッと小さく吹き出した声が聞こえた。


「…姫ちゃんってば百面相ね」
「え!そんなにですか…?あの…レイヴン…その…」
「身体、辛くない?」
「わ、私は全然…昨日ってもしかして…?」
「ん?」
「レイヴンと…その…」
「ああ、最後までしてないよ」


尻窄みになる私とは裏腹にレイヴンはヘラりと笑いながらはっきりと答えてくれる。
最後までしていない、ということは私は昨夜レイヴンを放置して寝てしまったことになる。
頭でその答えに辿り着いたと同時に顔から血の気が引いた気がした。
あわあわと情けなく震え始めた口を見てレイヴンがまた笑うので機嫌を損ねているなんてことはないらしい。


「ごめんなさい…最後までできなくて」
「姫は悪くないでしょーよ。おっさん姫が可愛くてついついねちっこく胸を…」
「わー!!そんなに言わないで下さい!!恥ずかしいです!」


えー!と少し拗ねるような素振りを見せながらすぐにレイヴンは笑ってくれた。
ぐっと引き寄せられて、顔を見合わせると額に唇が優しく触れてくすぐったくてつい笑ってしまった。
クスクス笑う私にいい気になったのか耳元でポソリとレイヴンが、また今度ね。と少し艶っぽく言うので私の顔が赤くなった。
百面相と言われても否定できない。
今日が休みの日でよかった。そうじゃなかったら学校で顔を合わせては授業に集中できなかったかもしれない。



△△△



「そういえばさ、姫って彼氏いるの?」


今日最後の授業は数学だ。と、言っても担当のアレクセイ先生は出張で自習だ。
丁度空いているからとレイヴンが自習を見る担当になったこともあって教室の中の生徒たちは堅苦しいアレクセイ先生の授業から解放されて浮かれている。
机をくっつけてマイコちゃんとエステルと一緒に課題プリントの問題を解いていると突拍子もない質問がマイコちゃんから飛んで来た。
先程まではわからない問題の質問だったはずなのに急にどうしたのかと思えばマイコちゃんは課題を解くのに飽きてしまったらしい。ペンを放り出してクッキーを食べながら私を見つめている。


「で、彼氏は?」
「急にどうしたのマイコちゃん…!」
「姫最近ちょっと可愛くなったなぁ…なんて思ったから男でも出来たかな、なんて」


鋭い。思わず目を泳がすと、やっぱり!とマイコちゃんが声を上げた。
丁度マイコちゃんは背を向けているので見えていないのをいい事にレイヴンは本で半分顔を隠しながら私の方を見ている。
ニヤニヤしてるのが隠していてもわかりますからね、レイヴン先生


「い、いるけど…」
「どんな人なの?」
「年上の…」
「へー大学生とか?羨ましい!写真はないの?」
「ない、かな?」


これは事実だ。そう言えばレイヴンと一緒にいることは多いのに写真を撮ったことがないのに気が付いた。
マイコちゃんは諦めがつかないのか質問攻めを続けて来るので横目でエステルに助けを求めると困ったように笑いながらエステルがマイコちゃんを宥める。


「写真が苦手な方でしたもんね?忙しい方だと聞いたことがあるので私も会ったことはありませんが…」
「う、うん!そうなの」
「なーんだ。エステルも会ったことないなら本当知ってる人いなさそう。てっきり…」
「てっきり?」
「ユーリ先輩かフレン先輩だと思ってた仲良いみたいだし」
「それはないない!」


ま、あの2人と付き合ったら紹介したくなくなるしバレたら怖いよね!と笑いながら言うマイコちゃんは私の彼氏を詮索するのをやめたようだった。
話の流れでユーリ先輩たちは彼女は本当にいないのかだの、エステルはどちらとも付き合うつもりはないのかだのマイコちゃんはそっちに話をシフトした。
レイヴンは少しつまらなそうに教卓で本を読み直し始めて、時計を見ればあと数十分で自習が終わってしまう。
慌てて問題に取りかかろうとすればマイコちゃんが思い出したかのようにまた口を開いた。


「あ、もうシた?」


年上の彼氏ならもう経験済み?などとケラケラ笑うマイコちゃんに私は思わず吹き出してしまって勢いよく首を振った。
怪しい!と声を上げて前のめりになり始めたマイコちゃんに本当にまだなのに!と悲鳴じみた声で答えても詰め寄られる。
椅子を引いて後ろに下がろうとした瞬間に何かにぶつかった。


「これこれ、一応授業中!課題今日中に終わらせないとアレクセイ先生はめんどくさいわよー」
「えー、いい所だったのに」
「いい所もなにもないでしょうに。姫ちゃんのデリケートなところにずかずか踏み入るもんじゃないって」
「そ、そうだそうだ!」
「…それに学生なんだからそこら辺は慎ましくシテクダサイ」


今度こそ諦めたマイコちゃんは面倒くさそうにペンをやっと握り直してくれた。
ああ、なんとかなった。なんて思ったけれど最後のレイヴンの言葉は矛盾を感じて、本人も思ったのか最後の方は片言だった。思い出すと笑いが漏れて慌てて口元を手で覆う
盗み見るように目線をレイヴンに向けると、ばつが悪そうな顔でこちらを見ていた。




▽▽▽



46 / 86


←前へ  次へ→



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -