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今日はヤケに学校中の男子も女子もみんながソワソワしている。
ソレもそのはずだ、明日はバレンタインデー。手作りお菓子の本を開いてどれを作ろうか、今年こそあの人に渡したい…なんて話をしている女子を男子たちは盗み見ている。
男子からしてみれば受け取る側だし今からソワソワしているなら明日は一体どうなってしまうのだろう。と思いながら私もお菓子のレシピを携帯のアプリで覗き見ていた。
今日は放課後にエステルの家で一緒にお菓子を作る予定で、エステルも真剣に簡単に作れるお菓子ブックなんてお料理初級者向けレシピを私の前の席に座りながら熟読している。
エステルの料理はまあ…そこそこ壊滅的で、ソレも踏まえて一緒に作って欲しいと言われた時はすぐに首を縦に振った。
一応今はHRの時間だけれどもレイヴンも議題がないからと自由に過ごしていいと言いながら教卓にだらしなくもたれ掛かっていた。


「レイヴン先生はどんなのが食べたいの?」
「どんなのって急に」
「えー明日バレインタインだよ?」
「あーバレンタインか…」
「それで、どんなの?」
「おっさん甘いもの苦手なのよねぇ。」


マイコちゃんとレイヴンの会話をちゃっかり聞いていると、ピシャリと頭の中で電気が走ったような気がした。
そうだった、レイヴンは甘いものが苦手だった。シーズンの流れに自分自身も乗って浮かれていたことに今気が付いた。
その間も2人の会話はは続いて、マイコちゃんはデューク先生の食べ物の好みに話題をすり替えていた。
そう言えばデューク先生のことかっこいいって体育祭の時に言っていたような…
懐かしい記憶を辿りながら本題であるレイヴンに渡すバレンタインのネタを考え直すべく首をブンブンと振っているとレイヴンがそんな私の姿を横目で見ながら少しだけ笑っていた。
人の気も知らないで!なんて思ったのは内緒だ。


△△△


「いいですか!フレンは夜まで家に帰って来てはいけませんからね!」
「わ、わかりました」
「ユーリもフレンとしっかり遊んで来て下さい!」
「へいへい…。姫しっかり頼むぞ…」
「がんばります…」


いつもの分かれ道でエステルは凄い剣幕でユーリ先輩とフレン先輩に言い聞かせていた。
2人ももちろん明日がどんな日なのかはわかっていて、エステルの気持ちを汲んで素直に応じていたけれど、なんだかそれとは別に私への期待感が強いような気がした。
はははと笑っていると猛スピードでエステルに腕を攫われて家まで走ることになった。エステルにとっては時間が惜しいらしい。
髪の毛を束ねてエステルに借りたエプロンを装着するとエステルは頑張りましょう!と気合いたっぷりに腕まくりをしていた。後ろの方で心配そうにメイドさんたちが見ているのは見なかったことにしよう。


「さあ!何から作って行きますか?」
「うーん…そうだなぁみんなに配るのは沢山作らないとだよね。エステルは特別に作る人って誰かいるの?」
「それはもちろん…!ユーリとフレンには作りたいと思ってました!姫は先生に、ですよね?」
「私も先輩たちと先生にも作るんだけど…甘いもの苦手なんだよね…」
「ああ、そう言えばそんなこと言ってましたね…何か決まっているんですか?」
「うーんまだ考え中…とりあえず別に作るものから作っていこっか!」


この後多少なりとものトラブルがあって作り終えた頃にはエステルはなんだか満身創痍になってしまったのは別のお話だけれど、なんとかお菓子を無事に作り終えることが出来た。
私は先輩たちにフォンダンショコラを作り、大量生産したクッキーたちを数個ずつ小さなラッピングの袋に詰め込んで行った。
甘い香りの漂うキッチンで配るには不格好なクッキーをエステルと頬張りながらお茶も楽しんで、レイヴンの為になにか甘くないお菓子を作れないか頭の片隅で模索していた。
まだ陽がそんなに長くもなっていないこともあって暗くなるのが早く、帰りはフレン先輩について来たユーリ先輩が元々そのつもりだった、と家まで一緒に帰ってくれた。

エレベーターから降りて玄関に鍵を入れながら隣の部屋の小窓をみるとまだ電気がついていない。なんだかんだで期末テストが月末に控えてることもあってか先生方は実は大忙しらしい。
これは好機だ!と家の中に入ってすぐさまレイヴン用のお菓子に取りかかった。
夕方からずっと甘い匂いを嗅いでいることもあって匂いでお腹がいっぱいなので夕飯は二の次だ。


「これなら多分食べられるよね」


△△△


バレンタイン当日。教室はいつもよりも甘い匂いが立ちこめている。男子は昨日よりもなんだかソワソワしていて授業にもあまり手が付いていないらしい。
授業の度に教室を出入りする先生方はため息混じりに集中しろ!と口を揃えて言っていた。
昼休みになっていざ女子が一斉にデザートだ受け取れ!と大量生産したお菓子を男子たちに振りまいている様はなかなか見物でそんな渡し方をするのは義理この上ないけれどそれでも嬉しそうに男子は照れながらお菓子を受け取っていた。
それに混じって私もお菓子を配っていると、授業を知らせる鐘が鳴ると同時にレイヴンが教室へと入って来た。
座って頂戴〜。と緩く教卓の前に立っているのを横目に焦りながら女子は配りきれていないお菓子を捌く。
私は最後の一つを隣の席の山田くんに手渡すとサンキュ!とニッコリ笑われた。それに笑顔で返して座り直しながら前を向くとなんだかレイヴンは面白くなさそうな顔をしながら、号令に合わせて礼をしていた。
その後結構な頻度で難問を山田くんに当てていた。


「今日先生機嫌悪い?」
「んー?そんなことないわよ」
「そっか!まあ昨日デューク先生の好み教えてくれたからコレあげる〜」
「お!コレ甘い?」
「先生甘いの苦手だって話してたし砂糖少なめで作ったから安心して〜」
「そんじゃありがたく貰っておくわ」


レイヴンの授業が今日の最後の授業でそのままのんびりと教卓でまたマイコちゃんと話していたレイヴンはヘラリと笑いながらお菓子を受け取っていた。
一瞬目が合った気がしたけれどソレもすぐに逸らされて、生徒にあまり触れたりしないはずなのに何故かマイコちゃんの頭をひと撫でしてレイヴンは教室から出て行った。少し胸の辺りがモヤリとした。
エステルに声をかけられて昇降口で待つ先輩たちとファミレスで談笑を楽しむもわざわざレイヴンがマイコちゃんを撫でたのが少しだけ胸を閊えたままだった。


「ユーリ先輩たちは何個本命チョコ貰ったんですか?」
「僕は友チョコばっかりだよ?まあ20個くらいかな」
「友チョコなんてよく言うぜ、それほとんど本命だろ」
「え、そうだったの!?そういうユーリだって結構貰っていたんじゃないのかい?」
「俺は10もないくらいじゃないか?」
「相変わらずモテますねぇ。告白とかは?」
「ナイナイ」


バレンタイン特有の会話にある程度盛り上がりながらお開きになったので、別れる前にフレン先輩に昨日作ったフォンダンショコラを手渡すと爽やかに笑われた。
こんな風に笑われてしまっては告白しようと意を決した女子たちもきっと満足して言葉が出ないんだろうな…と誰のとも言えない心中を察した。
普段通りユーリ先輩と一緒にのんびりと帰路に着きながらエステルの料理の様子を伝えるとユーリ先輩はエステルから貰ったお菓子を覗き込みながら、想像できる。と笑っていた。
マンションの前に辿り着いても割と私たちはそのまま立ち話をしていることが多い。


「そう言えば姫、お前なんか今日あったのか?」
「え…?特には…」
「ならいいけど。なんか少し元気ないように見えたからな」
「あ…」
「…おっさんか?」


上の空になっていたつもりはなかったけれど、ユーリ先輩にはやはり隠し事は出来ないらしい。
レイヴンがマイコちゃんを撫でたのが未だに引っかかっている。いつもなら放課後帰る頃には飛んでくるメッセージも朝に挨拶をしたまま止まっている。
忙しくても必ず一報くれるはずのレイヴンから連絡が来ないのもあってなのかもしれない。
ははは、と乾いた笑いを漏らせばユーリ先輩が私の頭の上に手を置いた。


「ま、何があったかは知らないけどそのままにしておくなよ?」
「わかりました…」
「そんじゃ、回れ右!」
「へ…?右?」


動こうとしない私の頭に置いたままの手で少し強引に頭を後ろに向けると丁度車を停め終えてこちらへ向かって来ていたレイヴンと目が合った。
少し硬直する身体にユーリ先輩が苦笑しながら頭をポンと優しく撫ぜて、フレン先輩と別れる時に一緒に渡したフォンダンショコラを片手に、ありがとな。と少し大きめの声を出してそのまま帰って行った。
ユーリ先輩を見送って、また後ろを向くと少し顔を顰めたレイヴンがすぐ近くに立っていた。


「お、おかえりなさい」
「ん、ただいま」
「行きましょうか…」


なんだか猛烈に気まずい雰囲気を醸し出すレイヴンに思わず黙り込みながらエレベーターに同乗する。
無言のままエレベーターを降りてお互いに隣り合った玄関の扉に鍵を差し込むとレイヴンが口を開いた。


「うち来る?」
「!!着替えたらすぐ行きます…!」
「ん、わかった」


慌てて家の中に入り制服を脱ぎ捨ててすぐにワンピースに着替える。
少しだけ化粧を直して、昨夜作ったレイヴン用のお菓子を紙袋に入れて家を飛び出して直ぐさま隣の扉を開ける。
はやっ…と少し困ったように笑ったレイヴンはまだ着替えている途中で、上半身が露になっている状態だった。
思わず、ごめんなさいっと上裸を見ないように顔を隠すと気配がゆっくりと近づいてくる。
顔を覆っていた手を緩めて隙間から覗こうとした頃にはやんわりと生暖かい一肌に包まれていた。


「レイ、ヴン?服…」
「…」
「風邪引いちゃいますよ…?」
「…委員長や青年にはあって俺にはないの?」
「え…?」


抱きしめられて胸板を覗いていたが、降ってくる声に思わず顔を上げるとソレを阻止するように少しだけレイヴンは屈んだと思えばグラリと身体が揺れて浮遊した。
膝の後ろに腕を差し込まれ膝を折られ、もう片方の手は背中に回る。急に視界が変わったことに頭がついて行かず持っていた紙袋が床にばさりと落ちて、そのまま私は抱きかかえられたまま運ばれる。
ドサリとゆっくり下ろされると身体が沈み込んだ。ベッドの上だ。
組み敷くようにレイヴンが私の上に覆い被さって顔が近い。


「えっ…ねぇ…!」
「別に俺が貰うのは姫でもいいんだけど」
「まって…あります、ありますから」
「彼女から一番に貰いたいのにおっさん妬けちゃうわ」
「!!」


私が胸板を押してもビクともしない身体は少しずつ距離を詰めて来てぴったりとくっつくと首筋に顔が埋まった。
驚きとくすぐったさに身体が跳ねて声にならない声が口から漏れる。


「〜〜!レイヴンだって…」
「ん…?」
「マ、マイコちゃんの頭撫でてたじゃないですか!」
「それは…ごめんね?」
「ごめんねじゃないです…!私だって妬けましたよ」


少し狼狽えたレイヴンの胸を押すと今度はすんなり起き上がってくれてお互いにベッドに座り直した。
顔を見合わせると思わず苦笑した。
話を聞けばどうやら私がレイヴンの前で山田くんにクッキーを渡したのが気に入らなかったらしい。
山田くんばかり授業で当てていたのはそういうこと?と尋ねれば、我ながら子供でした。と片言に返答が返って来た。なんかごめんね山田くん。


「ちゃんと…マイコちゃんじゃなくても私だってレイヴン用のお菓子作ったんですよ?…それとも私がいいですか…?」
「…どちらもって言う手はある?」
「…っとにかく!食べてからにしましょう…!」


自分でわざわざレイヴンに言われた一言を掘り返してしまって思わず赤面するとニヤニヤとレイヴンは笑い始めた。
ベッドの近くに転がった紙袋を拾い上げて中身が無事か確認をすればどうやら大丈夫そうだった。手の凝ったホールケーキだったら恐らく壊滅的だったに違いない。
前もって小さく切り分けておいた一切れのジンジャーブレッドを皿に移して手渡しすれば、嬉しそうにレイヴンは受け取ってくれた。
迷いなく口へ運ばれて行くジンジャーブレッドを恐る恐る見送ると、レイヴンが顔を綻ばせたので一気に脱力した。


「なにこれ…美味しい」
「ジンジャーブレッドです。ショウガが効いてて甘さも控えてるので食べ易いかな…と」
「作ってくれてありがとうね」
「たくさんありますから、おかわりしたかったら言って下さいね?」


ご飯の支度してきます。と一声かけて立ち上がり自分の家のようになれた手つきで冷蔵庫を開ける。
一緒にご飯を食べることが多くなったのでお互いの家の冷蔵庫はまずまずの食材が揃っている。
今日はパスタにしようかな、と野菜を適当に手に取って洗っていると後ろからまたやんわりと抱きつかれた。


「それで…姫もいただいていいんかねぇ?」
「た、食べてから考えましょう…?」


お父さんお母さん、彼をその気にさせてしまいました。身の危険を感じています。


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