33

なんだかふわふわする、温かい。
私どうしてたんだっけ、確かユーリ先輩がお見舞いにきてくれて…差し入れ貰って飲み物飲もうと思って…その後の記憶がイマイチ思い出せない。
先生が看病してくれる夢を見た。なんかうろ覚えだけどヤケに先生慌ててて可愛かったなぁ。
それにしてもうちの床ってこんなに柔らかかったっけ?無意識にベッドに入ったのかな?


まだ覚醒しきれていない頭で目を瞑りながら暢気に自分の記憶を辿る。
眠りながら何かを抱えている感覚があって、それをグイッと自分の元へ引き入れようとすれば案外それは重たく寧ろ自分の身体が抱えているモノの方に動いた感覚があった。
なんだか可笑しいな、うちには抱き枕なんてなかったはず。と頑としても開けようとしなかった目をゆっくり開ければ光と共にその正体が目一杯に飛び込んできた。


「……っ!?!…せんせい…!?」


確かに私はベッドの中にいて、ここは私の部屋だ。
先生は確かに隣人だけれど、一緒に寝るような生活は送ってなんかいないしこれはまだ夢の中なのでは、と試しに頬を抓ってみると、ピリっとした痛みが右頬に広がった。
夢ではないらしい、じゃあなんで先生は私の部屋で、私のベッドで眠っているんだろう。なんなら抱き寄せようとしたのは私だけではなく、腰回りに先生の腕があるのに気がついた。
悲鳴にもならないような声を上げて身じろぐが先生は一向に起きる気配がなかった。
そう考えると昨日見ていた先生が看病してくれる夢は現実だったのか、と自分が着ている身に覚えのないスウェットを見て、自分のとは違う匂いがするのも確認して納得する。
ホールドされていて動くにも動けない私は先生を揺すり起す事にした。
強めに揺さぶってもなかなか起きてくれない先生はよくよく見たらいつも着ている私服のままだった。


「…なんで、そんな熟睡してるのぉ…」
「……ん…」
「…!せんせ?起きて…!!」
「…?あ…姫ちゃん。…おはよ」
「おはようございます…って、ちがーう!」


グッと押すと勢い余って先生はベッドの下に落ちてしまった。
いてて…とベッドに手をかけて先生は顔を上げて私と目が合った瞬間に固まった。


「え…っと。俺様寝てた…?」
「はい」
「ベッドで?」
「はい」
「姫ちゃんと…?」
「…はい…」


血の気が引いて青くなった顔の先生は言葉もないらしく口をぱくぱくと動かして頭を抱えていた。
恐らく数分前の私もこんな顔してたんだろうな…と鏡を見ているような気分になって先生をゆっくり見つめると、先生は手を前に出してフルフルと首を横に振った。


「ち、違うんだ…!俺は何もしてない…!いや…服は着替えさせたけど…何もしてないから!」
「……」
「信じて…!姫ちゃん…」
「……昨日朧げですけど、先生が看病してくれたの覚えてます。」
「へ…」
「私の事心配して来てくれたんですよね?」
「うん…」


自分の弁解が通じたのか、と少しだけ胸を撫で下ろす先生はいつもみたいなヘラヘラとした先生じゃなくてなんだか新鮮だった。
熱は?と私の額におずおずと手を当てて、まだ少しだけありそうね。とサラッと撫でると今度は体温計を渡された。
脇に挟みながら、時計を見れば時間は5:30で今日は平日だから学校だけれど先生は慌てて出て行く素振りはまだ見せない。


「ねぇ、せんせ…」
「ん…?まだ苦しい?」
「苦しくは、ないけど…先生昨日言ってたこと本当?」


ギクリと先生の方がわかり易く震えて、目が泳いでいる。
昨日私に言ってくれた言葉は本当なのかを確かめたかっただけなのに、動揺している先生の意図はイマイチ掴めなかった。
電子音がなって体温計を取り出せば、37.2℃で学校頑張れば行けるかな。と思っていれば先生に体温計を奪われて今日も家でゆっくり休みなさい。と念を押されたけれど目は合わなかった。


「先生?」
「いや…姫ちゃん…違うんだ…いや違う訳じゃないんだけど…」
「…告白断ったのは、嘘だったんですか…?」
「へ…?」


先生は今日2度目のマヌケな声を出した。それ以外になにがあるんだ、それとも私が忘れているだけなのか。
私から放たれた言葉に先生は拍子抜けした、と言う顔をしていて顔色がすっと元に戻った。
告白はやっぱり断らなかったのだろうか…それなのに先生は私の家にいて、看病してくれて、私の事は生徒と割り切ってるから出来る行動、なんて言われてしまったら私はまた熱が上がってしまうかも知れない。


「…断った!!!」
「あ、断ったんですか…?あ…私盗み聞きする気はなかったんです…」
「俺も姫ちゃんに聞かれてるなんて思わなくてびっくりしたけど、本当に断ったから」


だから安心して。とでも言う様に先生は私の頭を優しく撫で上げた。
甘んじて受け入れると先生はくしゃっと最後に髪を優しく掴んで名残惜しそうに手をゆっくり離すと徐に立ち上がって、鞄の中からメモとペンを取り出して何かを書き出した。
黙ってその光景を見ていると、先生は少し照れた様にペンで何かを書いたであろうメモを私に差し出した。


「連絡網で俺の携帯は知ってると思うけど、それ仕事用の携帯だから…おっさん学校行くけど何かあったらこっちに連絡して?すぐ来るから」
「え…」
「姫ちゃんには特別に教えるけど、他の子には内緒ね?」


受け取ったメモには電話番号とSNSのIDが丁寧な字で書き記されていて、受け取った瞬間に顔に熱が集まるのを感じた。
このままだとまた熱が上がってしまいそう…と両頬を手で覆えば先生が笑いながら、病院もちゃんと行って来てね?とまた頭を撫でてくれた。本音の所嬉しいけれど逆効果だ。
先生は荷物を片手に玄関の方に歩いて行ってしまったのでせめて見送ろうと私も玄関の方へ走った。


「じゃあおっさん家に戻ってあと出勤するから、今日もしっかり休んでね。
嬢ちゃんたちにも連絡ちゃんと入れておきなさいよ!」
「はい…、先生ありがとうございました…!」
「元気になって良かった、けどあんまり無理しないでね。俺は隣にいるんだし」


先生は靴を履き終わって後ろを振り返ると私の頭に手を起きながら目線を合わせる様に少しだけ屈んで、一瞬だけコツンと先生の額と私の額がくっついた。
小さく悲鳴を上げて額を触れば、ヘラりと笑って先生が玄関の扉を開けた。


「また帰って来たら来るからいい子にしてるんだよ?」


反則だ。私の表情を見ていたかはわからないけれど、先生は言うだけ言って満足したように片方の口角を上げてそのまま扉の向こう側へ消えて行った。
隣の部屋の扉がガチャっと開いてすぐに閉まる音がした。
先生は家に帰って今から用意するんだろう。
学校に行けないのは寂しいけれど先生がまた夜に様子を見に来てくれるらしいのでなんだか夜が待ち遠しくなった。
病院に行くにしてもまだ時間は早いし、いろんな意味で火照ってしまった身体を覚ますべく私はベッドに飛び込んだ。



△△△


俺はどうやらあの後何故かベッドに入り込んで眠ってしまっていたらしい。
いくら好きな子でも生徒だし未成年だ、ギリギリアウトな不良教師は一歩間違えば本当に淫行教師へ名前を変えてしまう所だった。
ふうっとシャワーを頭から浴びてまだ少しだけ眠気の冷めない頭を活性化させる。
それにしても、昨日寝言で姫ちゃんに告白されてそれに答えてしまったのを再確認されたのかと動揺が隠せなかった。
思わずすべてを打ち明けて無様な告白を披露する事になりかけたのは結果不発に終わって胸を撫で下ろした訳だが
無意識にちゃんと通じ合っていた事に浮かれてしまった俺は少しばかり姫ちゃんにスキンシップを取りすぎてしまった、と少し反省会をする。
関係者に教えまい、と頑にプライベート用の携帯の番号は教えずにいたと言うのにいとも簡単に彼女には教えてしまった。

キュッとシャワーの蛇口を締めて脱衣所に戻ると、帰ってすぐにつけたテレビの朝の番組の天気予報士が、12月に入った事を知らせるのが聞こえた。
文化祭が月末だったのだからそりゃあもう12月にもなる訳で、まだ姫ちゃんと知り合ってから1年も経っていない事を再確認した。
今日は冬の訪れと言っても過言ではないらしいくらいには冷え込むらしい。

軽く朝食を取って、鏡の前で身だしなみを簡単に整え終えた。
いつもよりも少し速いけれどたまにはゆっくり家から出てどっかによって珈琲片手に出勤するのも悪くないだろう、と俺は思ってそのまま家を出た。
車に乗り込んだ所で、携帯がブルッと一瞬震えて表示を見れば見知らぬアイコンのアカウントがSNSに追加されていて、その人物からの連絡だった。


7:30『先生、姫です。いろいろありがとうございました。気をつけて出勤して下さいね』

よくよく見るとローマ字表記で名前が表示されているだけで、差出人は姫ちゃんだった。
恐らく俺が家から出たのを扉の音で気がついたのだろう。
案外普通に生活していると気にならないモノだと思っていたが、それは俺だけだったらしい。

7:34『起しちゃった?ごめんね。いってきます。』
7:37『あ、今日すごい冷え込むみたいよ!病院行く時あったかくしていくんだよ』

7:40『わかりました、先生も風邪引かないようにね』

特にコレと言って話題がある訳ではないが好きな子から来る連絡ってこんなにちょっとむず痒い気持ちになるのか…と思わず思春期の子供のような感覚に陥って一瞬ため息をついて、このままではいつもまでも続けて出勤に遅れてしまうと思った俺は、ありがとう!とクマのキャラクターが言ってるスタンプを送って会話を強制終了させた。


仕事が終わったら帰る前にもう一度連絡しよう。



『今から帰るけど、何か欲しいものある?』



▽▽▽



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