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恨めしいくらいに暑い。もう夏はすぐそこまで来ていた。
私が倒れたあの日から時は逃げるように経っていった。
私の頬の傷を見て泣きそうになるエステルと、驚きを隠せないでいる先輩達。
処置が早かったからかもうすぐ外傷は跡形もなく消える。
自分が強要して起こってしまった出来事に、私にどんな顔をして会えばいいのか、なんて教室のドアの前で時任さんがいるのも見かけて”もう大丈夫だから”と一言声をかけた。
業務的な、至って普通の先生と生徒の会話はレイヴン先生とはしたけれど、あの日以来あまり話していない。
あの人は何かを私に重ねているのか、ふと目が合うと私を物悲しそうな顔で笑って見るのだ。
私に無理に笑うな。なんて言っておいて何故そんな顔を先生がするのだ。


△△△


「ジュディスちゃーん…」
「あらおじさま、またきたの?ここはあなたのサボる場所じゃないわよ?」
「そんなこと言わないでよ…」
「あなたあの日から変よ」
「…直球ねぇ」
「本当のことだもの」


ははっと乾いた笑いが出た。
姫ちゃんが倒れた日、あの子の過去を知った日からどうも調子が出ない。
自分の過去を引き出されたような、そんな感覚だった。
それでもあの子と俺では状況が違う。


「俺さ、姫ちゃんの事情全く知らなかったんだわ
担任の先生なのにだめよね」
「あの子から話を聞いて随分ショックだったのね」
「そりゃあね、目の前で倒れるのも見ちゃったし、止めてあげれたはずなのに止めてあげられなかった。
それに…」
「…それに?」
「自分の過去のことも思い出しちゃってなんかもう手をどこから付けるべきかって感じ」
「おじさまにもいろいろあるのね。でもあの子は強い子よ」
「そうねぇ」
「あなたにどんな事情があるかは知らないけど、あなたはあなたらしくあの子に接してあげるべきだわ。」


そのくらいなら大人なんだからできるでしょ?とジュディスちゃんは微笑んだ。
彼女とは10以上歳が違うはずなのになんでこうも、すべてを見透かすように笑うのだろうか。
保険医マジック?とかそう言う感じなのだろうか。




△△△



「もうすぐ夏休みですね!」
「そうだね、気がついたらもう7月だもん」
「姫はなにか予定とかはあるのかい?」
「いやー特に…このままじゃバイト三昧になってしまいそうな予感がします…」


色気ねぇなぁ…とボソッと横で呟いたユーリ先輩に軽く肘鉄を食らわす。
顔の傷の件もあって、やんわりとだけ3人には私には家族がいないことを話している。
いつかはバレてしまうともわかっていたことだし、あまり良いということもないが良い機会だった。
話してしまえば腫れ物を扱うように接されるのでは、なんてものは杞憂でエステルは私のために泣いてしまうし
何かあれば助けるから、と先輩達も心強い。


「じゃあ花火大会と海なんてどうです?」
「わー行きたい!」
「いいんじゃねーの?」
「お泊まり会なんて言うのもいいですね!!!」
「エステル、張り切りすぎだ」


エステルの目がキラキラと輝く。こうなったら止めるのは難しい、とユーリ先輩が諭しながら肩をすくめた。
夏休みに予定がなく寂しい思いをしなくても良さそうだ。
と、エステルをみてクスッと笑った。
こうと決まれば作戦会議ですよ、フレン!!と、いつもの帰る途中の分かれ道でフレン先輩を引っ張ってエステルは走って帰っていった。


「はは、落ち着きねぇな」
「本当に…ふふ
そう言えば、普通に出かける流れになってますけど、ユーリ先輩達って色気のある話しとかないんですか?」
「…お前さっきのこと少し根に持ってるだろ」
「そ、そんなことないですよ!でも予定がなければほぼ毎日のように4人で帰っているし、浮ついた話しとかないのかなぁって…」
「図星か。まぁ、特にはないな。」
「モテるのに…」
「フレンは天然だからな、女子に囲まれてもそれに慣れちまってかわすのが上手いんだ」
「あーそれはわかるかもしれないです。」


フレン先輩は一見エステルのこと好きなのかな、とか思った時期もあったがアレは完全に保護者目線に見える。
むしろ探究心の強いエステルに手を焼いていてそれどころではない。という感じだ。
アレ、この人今自分の話はかわしたぞ。


「…で、ユーリ先輩は?」
「俺は特にない」
「本当ですかぁ?」
「お前…しつこいな」
「ないなら私と同じで色気ないじゃないですか!」


ふん!と少しだけ鼻で笑えば


「気になるか?」


と少し真剣そうな顔で屈んで私の顔を覗き込む。


「なっ…!!」


顔が一気に赤くなるのを見た瞬間ユーリ先輩は吹き出した。


「顔、赤いぞ」
「…誰の所為ですか!!!」
「姫こそなんかそう言う人いないのか?」


自分が振った話が見事にブーメランとして帰って来た。
少し首を捻って考えてみる。
自分には特に好きな人はいない。気になる人はいるのか、と考えてみれば
一瞬浮かんだのは、運転席でいつもと違う顔をしていたレイヴン先生だ。
確かに違う意味で気になる対象ではあるが、苦手な対象であるのは否めない。
あれ、でも最近は女性を連れている先生を休日見かけたりそんな雰囲気を感じ取ったことはない。
というか、あの一件いらいまともに話していないような気がする。
おや。なんだか一瞬モヤッとした。


黙々と歩きながらユーリ先輩がいるのを一瞬忘れて考え事に没頭していた。
おーい、戻ってこい。と頭を軽くチョップされる。


「お前随分考えてたな」
「いや、なんかある意味気になる対象のことを考えてたらつい…」
「ほぉ…、ちなみにもう着いたぞ」


ユーリ先輩は親指で私が住むマンションを指した。
いつの間に着いたというのだ。と目を丸くすれば笑われる。


「ま、何事もあんまり考えすぎるなよ」
「あ、はい」


ユーリ先輩は笑顔で私の頭をひと撫でして振り返って家路に着いた。
頭撫でられるのがデフォルトになって来ている気がする。
撫でられた頭を軽く手でさすれば、後ろから声をかけられる。


「姫ちゃんったら、まーた青年とイチャイチャ?」
「…先生!イチャイチャなんてしてません」
「まだ夏休みでもないんだから、ハメ外しすぎちゃだめよ!」


先ほど頭に一瞬浮かんだ人物は、物悲しそうな顔はしておらず、いつものようにヘラりと笑った。
エレベーターのボタンを押して肩を並べれば、以前の沈黙とは別の沈黙になるが重たい雰囲気ではない。
久しぶりにいつものように笑う先生を目の前に顔が綻んだ。



「随分ご機嫌ね」
「そんなことないですよ」
「おっさんと姫ちゃんの仲じゃない、教えてちょーだい!!」
「いやです!!」


久しぶりに話したら少しモヤがとれた気がした。



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